TopText

清水先生と問題児



 「結構おっきくてちょっと悪そうなやつらがちみっちゃい普通っ子に頭あがんないのっていいよね!」と急にびびっと来てこうなった。
 体格差萌え。サンドっぽい。



 私立東泉高校。俺の勤め先だ。
 偏差値はあまり高くなく、結果として中学時代勉強ができなかったいわゆるお馬鹿な生徒が集まる学校となっている。それはつまり学校生活に不真面目な生徒というわけで。さらにつまりいわゆる不良のような生徒も多数含まれるわけだ。
 俺はそんな東泉高校で教鞭をとっていたりなんかする。担当クラスも持っているぞ。
 何を隠そう、俺自身もこの高校の卒業生だ。《東泉の清水》って言えば当時はそこそこ名が知れていたもんだが……まあそれは今は置いておこう。つまり、俺はこの高校がどういったところなのか理解したうえで就職したのだ。
 教師歴八年。これまで、一年通してまともに授業を出来たことはない。時折それに対して憤りに近いものを感じてはいるが、口には出さない。自身の高校生活を振り返れば言えるはずがない。
 生徒たちの態度は、そのままかつての俺の姿でもある。自分のことを棚に上げて教え子たちを怒れるほど恥知らずではないつもりだ。それに、ああいった手合いに「真面目に授業受けろ」なんて叱ったところで言うことを聞くはずもない。俺もそうだった。言うだけ無駄であり、やつらの神経を逆なでするだけなのだ。
 じゃあなんで、教師などというものになり、東泉高校に就職したのか。
 それにはまあ、色々と紆余曲折があったのだが、それらを要約すると「高卒で就職するか大学に行くかで悩んでいたところ相談に乗ってくれた恩師がいて、その恩師のおかげで無事大学に合格し、恩師のように生徒を支えられるような教師になりたいと思ったから」だ。
 生徒は馬鹿にするもの。東泉高校の教師の間ではそんな不文律じみた意識があるように、高校生だった当時は感じていた。実際はそうでもないのだが、どうしても馬鹿にする教師が多いのは確かで、また困ったことにそういう教師は生徒の視点からは悪目立ちするものだ。
 そんな教師ばかりが目については、悩みを持った生徒は救われない。道を踏み外しはしても、どんなに馬鹿でも、生徒は生徒。やつらだって人間であり、まだ十代の子どもだ。多感な年頃であり、悩みを持つのは当然のことだ。そして、やつらに必要なのは真摯な態度で相談に乗ってくれる相手だと、俺は自分の経験から知っていた。
 実際、数えるほどだが、生徒から相談を持ちかけられたことがある。時には深刻すぎて、俺ではほとんど力になれないようなことだったとしても、そいつらは「ありがとう」と言ってくれた。
 恩師は俺の赴任と入れ替わるように定年退職していった。挨拶に行って東泉に赴任したことを告げると、まるで子供か孫でも見るような優しい目をして「そうか、がんばれ」と言ってくれた。
 大変なことも多いが、これまで面倒みてきたガキどもと恩師の言葉を胸に、俺は日々がんばっている。



 今年も悪名高い問題児が二人、入学してきた。さすが東泉高校。よくまあこうもそういった連中ばっかり集まるもんだと毎年の事ながら感心してしまう。
 問題の二人は、大野虎彦と松原司狼。二人は同じ中学の出身で、よくつるんで喧嘩をしたりしているらしい。入学前、三月にも一度大きな喧嘩をしているそうだ。
 一緒に問題起こしそうな生徒はまとめておけ、というのが我が校の方針だ。二人とも俺の担当クラスである一年一組に押し付けられた。そんな横暴にももう慣れた。今年もまた一年まともな授業を続けるなんてできないんだろうなあと覚悟して、入学式に臨んだ。
 の、だが。
 実際に二人を見て、俺は驚いた。
 世間一般的な優等生の姿を基準にすれば、確かに派手身なりだろう。大野は髪の毛を赤に近い茶に染め、松原は前髪と横髪の境界あたりに青のメッシュを入れている。二人ともピアスを開け、思い思いに制服を着崩している。しかし、ピアス以外のアクセサリについては見当たらない。随分と大人しい。この程度の見た目なら東泉に限ってはごろごろいるし、二人より酷い格好で学校に来る生徒もいるのだ。
 もっと気合いを入れたバリバリの不良ルックとか想像してたんだがな。これなら、普通の高校にも一人や二人いそうなレベルだ。教師からは目をつけられるだろうが。
 しかし、存在感は半端ない。なんつーかもう、オーラが違う。うちのクラスには二人以外にも問題児レッテルがついている馬鹿どもが何人もいるが、やつらなんざ小者だ、小者。チームを組んだならやつらは下っ端、二人はトップに立つような人間だ。大野も松原も顔立ちが整っていることもあり、これは相当周囲の目を引くだろう、というのが第一印象だ。
 喧嘩における力量は知らないが、負けの噂は聞いたことがない。この存在感で負けなしとなれば相応に周囲に人間が集まりそうなものだが……子分だの、女だの。そういった話も聞かない。
 不思議な二人だが、何より不思議に思えたのが、二人の授業態度だ。
 授業を始めて見ればなんと、大野と松原はじっと席に着き、教科書とノートを開いてきちんと前を向いているじゃないか。質問をしてくることはないが、私語もせず大人しく板書をノートに書き写している。
 それだけではない。授業中でもおかまいなしに大騒ぎするクラスメートたちに対して、

「うるさい」
「みんなさ、ちょっと黙ってくれる? 先生の説明が聞こえないじゃないか」

 などと言い放ったのだ。ちなみに言葉が短いほうが大野、長いほうが松原だ。大野は不機嫌しか込められていない鋭い視線を、松原はにこやかなのに目が笑っていない笑顔をクラスメートに向けた。
 それにクラスメートたちが反発して喧嘩腰になると、二人はほぼ同時に席を立った。

「おい、シロー」
「うん。先生、今から十分、見逃してくれます? 勉強するのに適した環境に整えますから」

 教師として、止めるべきだったのだ、とは思う。だが、予想外の事態に思考が回りきらず、満足に返事もできないでいるうちに、全ては終わってしまった。
 結果として、二人は十分足らずでガラの悪いクラスメートたちを全滅させてしまったのだ。一握りのただ頭が悪かったり運悪く本命に落ちてうちに滑り込んで来た生徒たちは顔青ざめてかちんこちんに固まっていた。教壇に立つ俺は呆然とするしかなかった。

「ようやく静かになった」
「先生、授業を進めてください」

 ……そんだけ喧嘩強いのに真面目に授業とか、ほんとなにお前ら。



 予想外すぎる事態だが、おかげで一年一組だけは真面目に、まともに授業が進んでいる。俺が担当している現国以外の授業もだ。
 いいことだ。他の先生方からの評判も悪くない。

「噂ほど悪い子たちじゃないんですかねえ」

 隣の席に座る後輩に向けて、苦笑する。思えば俺も、大野と松原の噂については喧嘩のことくらいしか聞いていないのだ。たばこや酒くらいはやったかもしれないが、盗みだとかクスリだとかの話はまったくない。つまりやつらは、不良というよりただのやんちゃぼうずという感じなのだ。
 ふと思い出して、にやりと笑みを浮かべた。

「そういやよ、あいつらの入試の結果、知ってっか?」
「いえ。うちの入試結果なんて、大概どっこいどっこいでしょう? 時たま点数伸びてる子もいますけど」
「そうなんだけどな。ところがどっこいあの二人、正答率九割だって話だぜ」
「えぇ!? いや、そりゃうちの入試問題なんてそこらの私立に比べてもやさしいもんですけど、九割!?」

 目を丸くして驚く後輩の反応に満足して笑う。

「びっくりだろ? 気になって中学校の方に問い合わせてみたら、二人とも三年生の二学期からは真面目に授業にも出ていて、おまけに本命は大西高校だったとか言うんだよ」
「って、市立の大西ですか!? ウチと偏差値段違いじゃないですか!」
「だよなあ。しかも冬の模試じゃ、Aに限りなく近いB判定が出てたらしいんだよ」
「うわあ、できるはずだ。……あれ、でも、ウチに来てるってことは、落ちたんですよね」
「落ちたっつーか、そもそも受けなかったらしい。ほら、あの二人、三月に一回大きな喧嘩してるって話だろ。どうもそれで大けがしたらしく、受験できなかったんじゃないかって」

 噂程度に聞いていたが、この話は間違いなく事実だ。なんせ中三の時に二人の担任だった教師に聞いたんだからな。

「あちゃー……もったいないですねえ。ウチに埋もれさせとくには惜しいくらいですよ、あの二人」

 この話を聞いた後の反応は、大きく二つに分けられる。やつらの不運を嘆くか、やつらを馬鹿にするか。
 教師含む世間の反応の大半は後者だろうが、俺やこの後輩のように前者を選ぶ者もいる。俺にやつらの話をしてくれた、やつらの元担任もそうだった。
 彼は、苦笑してこう話した。

「彼らは良くも悪くも子供だったんですよ。溜まるばかりのフラストレーションを、暴れることでしか発散できなかったんです。夏休みに何かあったのか、二学期以降は本当に楽しそうにしてたんですけど……本当に、残念なことでした」

 聞いて、なるほどなあ、と納得した。そういう感覚には覚えがある。俺自身、なんだかよくわからないイライラに悩まされ、暴れることでそのストレスを解消しようとしていたところがある。それで気持ちが穏やかになったかと言えば、それはまあ横に置くしかないのだが。
 何があったかは知らないが、そんでも腐らずに真面目に授業を受ける姿は好感度アップものだ。大人しく授業受けて、がんばって勉強したってのに、うっかり喧嘩しちまって全部水の泡なんてなっちまったら、当時の俺なら間違いなくくさくさして、高校なんて行かなかったかもしれない。
 あいつらは強えんだなあ、と少し羨ましくもなった。



 大野と松原が二年生と喧嘩したということで、二人の担任である俺は生活指導室へと呼び出された。
 四月の終わり。今までの経験から問題発生には十分遅い時期ではあるが、入学してまだ一ヶ月も経っていないぞ、と苦笑したくはなかった。
 話を聞いてみると、喧嘩は大野たちのほうから仕掛けたわけではなく、二年生が二人に突っかかったらしい。大野と松原の証言に二年生たちはうなだれ、否定はしなかったが、その通りなのだろう。しかし、ぼろぼろなのは二年生側のみ。大野と松原にはかすり傷一つない。どう見ても過剰防衛だ。

「難癖つけられて腹立つ気持ちはわかる。でもやりすぎだ、こりゃ」
「……俺は悪くない」

 大野はそう言って譲ろうとしなかった。
 俺としても、喧嘩なんてふっかけたほうが悪いと思っている。しかし、ぱんぱんに顔を腫れさせた二年生の生徒たちを見ていると哀れになってくる。これはしばらく見れたものじゃないだろう。
 お互い謝って両成敗にしたいところなのだが、大野がこれじゃあちっと難しいかもしれんなあ。ああ、めんどくせ……。

「ねえトラ。とりあえず謝っとけば? そうすればこの話、これでおしまいだよ」

 俺は目を丸くした。大野の相方である松原がそう言ったのだ。

「謝る必要がない」

 大野は不機嫌そうな表情。松原は面倒くさそうに続ける。

「でもさ、俺たちが謝らなきゃ終わらないよ、これ。時間もったいない」
「……」
「こんなむさくるしい空間に長居したいの? 俺は嫌だよ。とっとと謝って先帰るから」
「……」
「そんで、トラは喧嘩しちゃってお説教中だよって告げ口してやる」

 告げ口?
 こっちが内心首を傾げている間に、大野はますます不機嫌そうな顔をした。

「シロー」
「どうする?」

 対する松原はにこやかだった。
 二人はしばらく睨みあっていたが、少しして大野が大きな溜息をついた。

「……すみませんでした」
「俺もすみませんでした。ってことでさよーならー」

 二人は軽く頭を下げて、俺が許可の一言を与える暇もなく生活指導室から逃げて行った。
 取り残された俺と、二年生ズと、二年生側の担任教諭は困惑するばかりだった。

「……なんなんですかね、今の」
「さあ……」

 思い返せば、大野と松原は日直か掃除当番でもない限り放課後になるとさっさと帰っていく。もちろん、サボり魔だらけの東泉ではその行動はそれほど目立たないものなんだが、ふと不思議に思えた。
 普通に考えれば家に帰らずどこぞで遊んでいるのだろう、といったところだが、どういうわけかあの二人に限ってはそうではないような気がした。家に帰ってお勉強してますって言われたほうが納得できるくらいだ。
 ……問題児と言えば問題児なんだが、どーも俺の知ってる問題児どもとは毛色が違うんだよなあ、あの二人。



 五月。ゴールデンウィークが明け、どうにか休みボケも収まった今日この頃。
 うちのクラスにできていた一つの空席がようやく埋まる日が来た。
 一年一組はエスケープ組を除外して、一人欠けた状態で約一ヶ月を過ごしていた。欠けていたのは花澤という女子生徒だ。
 出身の中学校は大野、松原と同じ。彼女は三月に大けがをし、入院および自宅療養を続けていた。それがようやくよくなって、今日から学校に出てくると連絡があったのだ。
 三月にけが、というあたりが気になって、大野、松原の元担任に、あいつらの成績について尋ねたついでに花澤のことも聞いてみた。元担任の話によると、花澤はどうやら二人の喧嘩に巻き込まれたらしい。
 喧嘩に巻き込んだ大野、松原と、喧嘩に巻き込まれた花澤。この三人を一緒のクラスにしてよかったのだろうか、と思わなくもないが、決まってしまったことなのだから仕方がない。もめごとが起こらないよう、祈るばかりだ。
 授業の用意をしていると、職員室のドアが無遠慮な動作で開け放たれ、そこから姿を見せた大野に教師一同の注目が集まる。

「……はよーございます」
「おお、おはよーさん、大野。どうした、相方の松原ならとっくに教室だぞ?」

 本日の日直は松原だ。二人は一緒に学校に来ることが多いが、どちらかが日直だった場合には、日直担当のほうは早めに職員室に来て日誌を受け取りに来る。
 大野が不本意そうに顔をしかめた。

「違う」
「こーらー!」

 女子の声がしたと思ったら、べしんと横から出てきた鞄が大野の脇腹を叩いた。
 女子が大野を叩いた。その事実は職員室を震撼させた。大野が入学してきてまだ一ヶ月程度だが、こいつの沸点がかなり低いことは教師一同しっかり理解しているからだ。なんせ突っかかられたってだけで上級生ぼっこぼこにしてたからな。松原もそうだが、大野よりはマシだ。大野は敵対する相手に対して最初から容赦しない。松原の場合は相手の力量に合わせてなおかつ叩き伏せるタイプだ。……同じ男からすれば松原のほうが恐怖だろうが、松原なら女相手に力任せの対応はしないという安心感がある。
 まさか女子相手に本気で殴ることはないだろうな、と冷や汗混じりに見守っていると、大野が少しばかり眉間に皺を寄せて、女子を見下ろした。
 そして、口を開いた。

「……リト、痛い」

 え、そんだけ?
 ぽかんとする俺らなんて気にする様子もなく、大野の視線は女子一人に注がれる。
 そして、さらに仰天の展開が繰り広げられる。

「トラちゃんが悪いの! 先生には敬語使わなきゃだめじゃない!」
「……はい」
「あたしには使わなくていいのー!」
「……うん」

 トラちゃんってお前……! なんだそれ、それでいいのか!?
 ……いいらしい。ほんのり笑ってやがる。
 なんなんだ一体。俺は夢でも見てるのか。クラスのワルどもを相方の松原と一緒になってぶっ飛ばした大野が、小さな女の子の言うことを聞いている、なんて。
 そう、問題の女子は小さかった。大野が十五歳にして一八〇センチを超える長身だから小さく見える、というわけではない。確実に一五〇センチないだろう、という背の低さ。並んで立たれると、どちらかはフレームアウトしてしまいそうなほどの身長差だ。
 おまけにその女子はどこからどうみても優等生然としていた。日本人らしい艶やかな黒髪で、アクセサリーの類はその髪の毛を束ねるのに利用しているヘアアクセのみ。制服を着崩してすらいない。
 まったくもって、釣り合わないツーショットだ。
 言葉もなく驚いていると、誰かがばたばたと音を立てて走ってきた。なんだなんだ、と職員室中の視線が廊下側に向かった次の瞬間、職員室に飛び込んで来たのは松原だった。

「リト!」
「あ、シロちゃーん! おはにゃーん!」

 今度はシロちゃん!?
 職員室中に愕然とした空気が満ちる。しかし呼ばれた当の本人は大野同様気にすることなく、自分を「シロちゃん」と呼んだ女子生徒に嬉しそうな笑顔で近づく。

「おはよう。高校の制服、ちゃんと似合うね」
「ちゃんとってなにさー」
「だってリト、中学生どころか小学生にも見えるから」
「ひどい! ひどいよシロちゃん! あたし小学生じゃないもん! 胸だってCあるんだからね!」

 女子生徒の発言に何人かが噴出した。俺もうっかり仲間入りしそうになったが、すんでのところで堪え、とにかく目の前の光景を凝視する。ちなみに俺の隣の席である後輩は思いっきり噴出して顔を真っ赤にしている。……お前もいい年だろうに、なんだその初な反応。でもって、大野と松原は顔色一つ変えやがらない。松原にいたっては、むしろ笑顔にからかいの色合いを含んで見せた。

「そうだよね、リトって身長の割に胸あるよね」
「身長は関係ないでしょー!」

 怒る女子生徒の頭を、松原が撫でる。同じ手でクラスメートをぶっ飛ばしたとは思えないほど、その手つきは優しい。
 ふと、女子生徒がきょとんとした顔をして松原を見上げた。

「はれ? そういやシロちゃん、なんでここにいるの? 日直は?」
「朝やることはとっくに済んでるよ。さっきトラから『学校着いた』ってメールもらったから、制服姿のリトに会いに来たんだ。トラずるいよねー、朝一で見たんでしょ、可愛い制服リト」
「仕方ないだろ、お前のタイミングが悪いんだ」
「でもずるいよ。リトもリトで、当日のお楽しみだなんて言って、今日まで制服姿全然見せてくれなかったし」

 なんか知らんがむくれているらしい松原を前に、女子生徒は物怖じゼロの輝かしい笑顔を見せた。

「期待とは焦らすものです!」
「名言だ」
「されたほうはたまらないよそれ」

 女子生徒の発言を受け、大野はうんうんと頷き、松原は困ったように顔をしかめた。

「……アホかお前ら」

 思わず出た呟きに、大野と松原が俺を見て声をそろえた。

「リトはアホじゃない」

 だめだこいつら。思わずがっくりと体から力が抜ける。つーか、なんだこの状況は。
 深い溜息をつき、頭痛がしそうな頭を押さえて尋ねる。

「……で、おじさんにはなにがなんだかさっぱりなんですけど?」
「あれ? まだ挨拶してなかったの?」
「あちゃ、忘れてた」
「シローが来たせいだ」
「なんでそうなるんだよ」

 漫才のようなやりとりをする大野、松原より一歩前に出て、女子生徒が俺に近づく。
 ふと、先ほどから大野と松原が彼女を「リト」と呼んでいること気付いた。確か、今日から復帰する、二人の喧嘩に巻き込まれて大けがを負ったという女子生徒の名前は、花澤――

「清水先生ですよね。はじめまして、花澤璃兎です! 今日からよろしくお願いします!」



 まるで従者のように今年注目の問題児二人を侍らせる彼女に、清水は予感した。
 比較的穏やかだった一年一組にも、嵐が発生しそうだ、と。



(2012/01/01)
TopText