第1話 リデルとシルヴィア
01 来客
「そっちはどうだ!?」
「見かけた者はいないようです!」
商店街通りを、軽装の騎士たちがばたばたと忙しなく駆け回っている。その光景にふと足を止めたが、すぐにまた何事もなかったかのように歩き出す。商店街を騎士が駆け回っているのは、特に珍しいものでもない。十日に一度は見られる風景だ。
道行く人々に声をかけて話を聞いているところを見ると、事件や事故が起こった風ではない。なにかを探しているようだが、私は声をかけられることがなかったので、彼らがなにを探しているのかまではわからなかった。
物、ではないだろう。人……いや、犬猫の類かもしれない。どこぞの貴族が可愛がっているペットが逃げ出して行方不明となり、捜索に騎士団員が借り出された、とか。騎士団が忠誠を誓う相手、つまり主人は国王様なわけだが、彼らの第一の役目はこの王都《リオール》の平穏と安寧と守ることだ。この都市内で活動する場合に限り、貴族や一般市民の求めにも応じるものだ。
なんとも平和な日常風景と言って差し支えないだろう。
走り回る騎士たちと興味津々な道行く人々を完全に意識からはずし、商店街で買い込んだ数日分の食料を少し抱え直したりして大きな通りを抜け、まっすぐ繁華街を目指す。
繁華街にはいくつもの飲食店や娯楽店が並んでいるので、商店街ほどではないが人通りがある。商店街通りほどではないがそこそこ大きな通りである繁華街通りから少し狭い横道に入ると、途端に人影がなくなり、どこかどんよりとした、決して心地よいとは言い難い空気が身を取り巻く。建物間の距離の関係で十分な光が差し込まないので、すぐそこの大きな通りに比べると薄暗い。こういった小路には小さな商店兼民家がひしめきあっているのだが、あまり人目に触れない立地のため、知名度の低い店がほとんどだ。私の自宅兼店も、この小路の中にある。
その自宅兼店の前にひとがいるのを見て、一旦足を止めた。私と同じ年頃の少女のように見える。深い色の長い髪の毛を腰の辺りで赤い髪留めで飾っている彼女の横顔は柔らかな印象を抱かせ、ふんわりとした服に包まれた体は華奢そうで、どことなく脆そうなイメージが浮かんだ。
彼女はじっと、私の家の玄関のドアを見ている様子だ。
私の家には、防犯のための魔術がかけてある。私の家を初めて訪れるひとは、家主である私が中から招かなければ入れない。それ以後は実は勝手に入れてしまったりするのだが、それをお客様に言ったことはない。家の主人が招かなければ入れないと思い込んだ人々は初回訪問以後も私が招き入れるのを待ってくれるので、魔術の変更も予定にない。
道に迷ったという雰囲気ではないですし。お客様、でしょうか。
再び足を動かし、彼女に近づく。
「なにかご用ですか?」
「ひゃぅ!?」
横から声をかけると、少女は大げさなくらい肩を跳ねさせて、こちらを振り返った。長い髪がそれに合わせてふわりと踊った。
彼女は私の顔を見て、ぱっと表情を明るくした。
「あなた、魔術師のリデル・ホワイト!?」
「はい。私になにかご用でしょうか?」
「あ、えっと……一応、そうです」
「そうですか。紹介状はお持ちですか?」
「え、紹介じゃないとダメ!?」
「……いえ。大丈夫ですよ」
ショックを受けて泣き出しそうに顔をゆがめた少女を前に、それ以外に答えられる言葉はなかった。
普段は既存客からの紹介状がなければ新規客は招き入れないのだが、この無邪気そうな同じ年頃の少女をそこまで警戒する必要性が思いつかなった。
あまり例外を作るのはよくない、と教えられましたけど……。まあいいですよね、たまにはこんなことも。
私が先に家の中に入り、「どうぞ」と彼女を招き入れる。これで彼女に対して防犯用の術は解除された。彼女は「しつれいしまーす」と言って、警戒でもするようにまず頭だけを玄関の内側に入れて、きょろきょろと内装を見回してから、体全部を入れてきた。
「意外と普通なのね」
「どんなものを想像していたのかはあえて尋ねませんが……建物自体は普通の家ですからね」
私の住まいは、繁華街の通りの端のほうにある細い路地の奥に建てられた二階建ての古い家だ。二階建てと言っても幅や奥行きはあまりない。一階分に換算するとアパートの一室に比べれが広いが、二階建ての民家としてはかなり狭いものとなる。小さくて目に付きにくい物件だったが、住宅を管理している役所のひとが「魔術師ならこんなのどうですか」と勧めてきたので、深く考えずに頷いてしまった。今になって思えば、この選択は間違っていたかもしれない。
以前は先生……つまり私に魔術を教えてくれた師と一緒に王城の敷地内で暮らしていた。そこで先生から魔術を始めとするあらゆる知識を教わっていたのだが、その間先生以外との交流はほとんどなかった。あったとしても、相手はみな先生の関係者だ。必然的に私よりかなり目上に位置する方々であり、接する際にはどこか一線を引いてきた。そういった方々の子女と関わることもあったが、一番年の近い相手は五つほど年下の少女であり、私からしてみれば付き合い方の難しい相手だ。
……まあつまり、その、私にはいわゆる『友人』と呼べる相手がいないのです。
魔術師には気難しいひとも多く、他者とあまり関わりを持ちたがらない場合もある。だから、そのままでも特別に困ることはおそらくなかったように思うのだが、私が他者に対してあまり興味を抱いていないところがあると気づき、先生がとてつもなく申し訳なさそうな顔をして謝罪までしてきたのだ。どうやら私の人付き合いの下手さは、自分がそういった点に気をまわさなかったせいだと思ったようで……。特定のこと以外に頓着しないのは、私の元々からの性格だと、そう何度言っても先生は納得してくれない。そんな先生をどうにか安心させようと、私は人付き合いの修行のために街に下りることにしたはずだった。
それなのに、こんな人目につきにくそうなところに住んでいたら、あまり意味がないですよね……。
そう気付いたのは住み始めて一週間ほどした頃だったか。初めての一人暮らしによってもたらされた期待と不安で、上手く頭が回転していなかったのかもしれない。なんとも情けない話です。
気付いたものの、再び引越しをするのも面倒になってしまい、結局ここに住み続けてもう二年になる。魔術師ギルドからの仕事もあるし、魔術師リデルの名前は結構知れ渡っているようで、こんな人目につかない家に住んでいても仕事に困ったことはない。
……もっとも、その仕事の内容が全て「魔術師らしい仕事か」と問われると、胸を張って「そうです」とは言えなかったりはするんですけど。
現在は、二階を居住スペースにして、一階は仕事の応接間として使っている。キッチンは一階に備え付けられていたが、お客様にはお茶を出したりもするので、 それはそれで助かっていたりする。食事は、お客様さえいなければ一階でとってもいいのだし、今の生活スタイルに不満はない。
しかし、集めた書物が一階二階関係なく積み上げられているのだけは、そのうちどうにかしなければいけませんね……。応接間にまで積んであるものだから、見栄えが悪いったらないのだが、そのうちそのうち、と思っているだけでちっとも片付かない。
新しいお客様である少女を奥の応接間へ案内し、彼女が積み上がった本の山にきょとんとして足を止めてしまったのを見て、せめてもうちょっと整頓くらししようかと思いました。
「それで、どのようなご依頼ですか?」
応接間の椅子を勧め、お茶とクッキーを出す。少女はお茶とクッキーには手をつけずに、向かいに座った私を見た。
「えっと……人をね、探したいんだけど。そういうのってできるかな」
「ええ、条件さえ揃えば可能ですよ」
ひと探し、となると、魔術でも可能ですし、場合によっては魔術を使わなくてもいい依頼ですね。さて、どちらになるでしょうか。
どちらにしろある程度の情報が必要なことに違いはないので、依頼人に質問を重ねてみる。
「探し人のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「カイル」
依頼人である少女はきっぱりはっきり簡潔に答えてくださった。
……いえ、あの……それだけ、ですか?
「……あの、フルネームは?」
「知らないの」
「……えぇっと、年齢はわかりますか?」
「たぶん私と同じ年頃だから、十五くらいかな」
ああ、やはり私と同じ年頃でしたか。
このくらいの年齢の少年少女が一人で魔術師を頼ってくるというのは、とても珍しいことだったりする。普通は父母のどちらか、もしくは兄姉などが付き添うことが多い。子ども一人で依頼などしたりしたら、相手が悪いとぼったくられたりするので、当然の行動だ。
……注目すべきところは、そこではないんです。
「あの、ほかになにかわかることは……」
「えっと、……ごめんなさい、わかるのはこのくらいなの」
いくらなんでも情報が少なすぎるんですが。
「……ええっと……踏み込んだことかもしれませんが、そのカイルという方とは、どういったご関係で?」
「ちっちゃいころ、一度だけ一緒に遊んだ男の子なの」
「……ああ……」
なるほど、という言葉は言葉にならなかった。