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第2話 リデルとカイル
02 偶然



 * * *


 カイルさんがハンスさんの使いで私のもとを訪れてきてから四日。前回王城に出向いてからちょうど七日。
 私は約束どおり、先生とシルヴィア姫にお菓子を届けるため、再び王城を訪ねた。
 先生はいつもどおり仕事部屋にいたが、姫の姿を見つけることはできなかった。一応、騎士団の訓練場が見える場所へ行ってみたが、それでも姫にお会いすることはできなかった。訓練場には何人かの団員がいたようだが、カイルさんの姿は発見できなかった。なので、ほかの訓練場が見える場所にもいらっしゃらないだろう。
 王城、と一言で表現してもやはり広い。先日は姫が私でも歩ける回廊にいらっしゃったからお会いすることができたが、もし自室周辺にいらっしゃるなら私から会いに行くことはできない。王族の私室へ向かうなど、いくらなんでも許されることではない。
 前回は運が良かったのだ。
 自身にそう言い聞かせ、庭師の男性に声をかけてみた。姫の話題を出し、姫に好意的な反応が見られるようならお菓子を預けていこうと思ったのだ。
 庭師の男性は姫に非常に好意的だった。聞くに、どうやら以前、背の高い木にひっかかってしまった姫のリボンを救出された方らしい。
 彼に、シルヴィア姫の乳母の方にでも渡していただけないだろうか、と言ってお菓子を詰めた袋を渡した。庭師の身分では、シルヴィア姫本人に直接渡すのは難しいだろうが、乳母の方なら仲介が可能なはずだ。
 彼は少し驚いた顔を見せたあと、嬉しそうに笑って、あれやこれやと姫にまつわるエピソードを聞かせてくれた。姫に好意を抱く新顔の登場が相当嬉しかったらしい。私も、姫とはしばらくお会いしていなかったし、七日前にお会いした時は大したことをお聞きできなかったので、近況を知ることができたのは嬉しかった。
 しかし、さすがに一気に何日分もの話を聞くのは疲れますね……。
 城壁の門をくぐって内側へ入った頃はまだ太陽も高い場所にあったのだが、城壁を通り抜けて広場に出た頃には空が橙色に染まりだしていた。ずいぶん長く、初対面の相手と話をしていたものだ。精神的疲労から小さなため息を吐き出して、自宅を目指す。

「あれ、リデル、さん?」

 商店街通りの前にさしかかったところ、まったく偶然に、私はカイル・デーンと遭遇した。
 振り向いて少し驚いて見れば、カイルさんの方も驚いているようだった。記憶の仲の彼よりも目が丸くなっている。

「……カイル、さん?」
「あ、はい、そうッス! 覚えててもらえて光栄です!」

 破顔したカイルは、数日前に私の家を訪れた時のような騎士団規定の服装ではなく、そこらを歩いている一般市民が着るような普段着で、街の中にとけ込んでいた。
 不思議そうな私の視線の意味に気がつかないで、カイルさんはそのまま私に話しかけてくる。

「出かけられていたんですか?」
「ええ。少し、王城に用がありまして……」
「仕事ですか?」
「……まあ」

 思わず言葉を濁してしまった。
 あれを仕事と言っていいのかどうか……。
 はっきり頷く気がしなかったのは、ただお菓子を届けに行っただけだからだろう。曲がりなりにも《魔術師》と銘打っているのに、お菓子の注文を受けてお菓子を届けに行ったというのは、なんだか情けないような気がして、あまりおおっぴらにはしたくなかった。たとえ届け先が国一番の魔術師と王家の姫君とはいえ……届け物が薬ですらないというのは、ちょっと……。

「……あなたは?」
「あ、俺は両親の手伝いです。そこの、ちょっと入ったところにある角の店、俺ん家なんですよ」

 カイルが指し示すその通りは、いくつもの小さな商店が並ぶ場所だ。大通りほど明るく活気付いている印象はないが、大きな通りの店に比べて低価格で商品を提供している店が多く、昼間は大通りに負けず劣らず買い物客でごった返している。
 私はあまりそういった時間帯に近づきませんが……。

「親父が腰を痛めたって言うんで、団長に頼み込んで三日くらい休みもらったんです。俺、一人っ子なもんで。親父が動けないと、力仕事できるやついなくなっちゃうんですよ」
「……腰、ですか」

 そういう話を聞くと、うず、と体が動いてしまう。自然と、薬棚の中を頭の中で確認する。腰痛に効く薬は、確かまだ十分にストックがあったはずだ。
 もういっそ開き直って、私も先生と同様、魔術師ではなく、魔術師兼薬師という肩書きにしてしまったほうがいいのかもしれません。

「……少し、時間はありますか?」
「え? まあ……店はもうしまいましたし。鍛錬代わりにちょっと走ってこようかなってくらいで……」
「でしたら、ちょっと一緒に来てください」
「へ?」

 カイルさんの返事を聞かないで、私は自宅に向けて足を進めた。カイルさんは戸惑っていた様だったが、私の後ろからちゃんとついてきている。
 私は彼を家の中に招き入れ、作り置きしてある薬を保管している棚から、袋を一つ取り出した。中身を覗いて、目的のものに間違いないことを確認してから、カイルさんにそれを渡す。

「夜寝る前に三十分ほど、痛む場所に貼ってください。痛みを緩和できると思います」
「え!? あ、え、えぇっと、俺今持ち合わせないんですけど!」

 ひどく狼狽するカイルさんに首を傾げたが、続いた言葉から理由がわかり、納得した。
 そういえば、彼にはまだ説明していなかった。

「別にいりません」
「へ……?」
「初回はお金を取らないことにしてるんです。次回……お金を払う価値があると判断していただけるなら、払ってください」
「……それは、俺としちゃありがたいけど。それって大丈夫なんですか? 変なやつに利用されたりしませんか? お前の仕事に金を払う価値はないけどしかたがないから使ってやるぜ、とかそんなの」
「時折そういう方もいらっしゃいますけど、その場合はギルドを紹介してお帰り願っています。ギルドなら、依頼に見合った実力の魔術師に依頼が届きますから。お金を払う価値があると判断してくださった方だけ、二回目以降も仕事を受けさせていただいてますから」
「あ、なるほど……」

 もちろん、それで素直に帰ってくれる相手ばかりではないので、そういう相手は杖をちらつかせて脅しますけどね。
 今のところ、脅せば帰ってくれるので、大事にはなっていない。
 カイルはじゃあ、と薬の入った袋を受け取り、笑顔を見せた。

「ありがとうござます、リデルさん!」

 瞬間、ぐっと喉が詰まった。
 お客様の笑顔なんて見慣れていると思った。「ありがとう」という言葉も言われ慣れたはずだった。それはいつでもくすぐったくて、ほんの少し居心地が悪いものなのだけれど。

「……いえ」

 カイルさんからのそれは、いつも以上に居心地の悪いものだった。
 半ば無理矢理連れてきたカイルさんを送り出して、一人になってから考える。どうしてカイルの笑顔と感謝が、こんなにも居心地悪いのか。しかし、考えても答えは出ない。ぐるぐると迷宮入りした思考を抱えたまま、一日の終わりを迎える羽目になった。



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