TopText姫とナイトとウィザードと

第4話 調査任務
04 出発



 * * *


 ウディエールの森へは、リオールを出て、しばらく西北方向に延びる街道に沿って歩く。そのまま続く《ルルテ》という街に入り、そこから西方向へ進めば、森がある。
 ルルテとリオールは大して離れておらず、健康な青年の足ならば半日より少しかかるくらいの距離だ。今回はシルヴィア姫もいるということで、城から馬が貸し出される。人数が少ないこともあって許可されたのかもしれないが、なんにしてもありがたいことだ。
 集合場所であるリオールの門の西側で、カイルと並んでシルヴィア姫の到着を待つ。

「つか、お前馬乗れんの……?」
「昔先生に教えていただきましたから」
「……なんかすっげえ意外」
「そうですか?」

 カイルとたわいない話をすることしばし。やがて門までやってこられた姫は自身の馬の手綱を持ち、他に二頭の馬の連れている男性を一人従えていた。彼は私とカイルの分の馬をつれてきてくれたようだ。
 姫は、私に並び立つカイルの姿を見て、目を丸くされた。それ以外にとれるリアクションなどなかっただろう。姫の反応に内心ほくそ笑みながら、何気ない風を装う。

「おはようございます、シルヴィア姫。こちらが、先日お話した男です」
「カイル・デーンと申します! リオール騎士団の騎士見習いです! 見習い故まだまだ未熟ではありますが、この道中、必ずやシルヴィア姫様のことを守り通してみせます!」

 王族である姫に対し、カイルは地面に片ひざをつき頭を垂れた。これが王族に対する一般庶民の正しい態度だ。私はすでに自分の正しくない態度に慣れきってしまっているので、少々物珍しい気分でカイルを眺めた。
 視線を姫へと移す。姫はわなわなとふるえて言葉なく立ち尽くされていた。そして馬を連れたまま、私に「ちょっと」と声をかけてこられた。私はそれに応え、二人でカイルから距離をとる。

「どういうことリデルー!?」

 本当なら大きな声で叫ばれたいのだろうが、すぐそこにカイルがいるので小声だ。動転していても「カイルに聞かれるわけにはいかない」という理性が働かれたらしい。素晴らしい理性です、シルヴィア姫。

「どう、と言われましても」
「なんでカイルなの!? カイルだって騎士団の一員じゃない! 騎士団はだめだって話したのに!」
「団長さんに直談判したところ、カイルはまだ見習いですから、姫の調査任務に同行しても大きな問題にはならないだろうとのことですよ。団長さんもいい経験になるだろうと言ってらっしゃいましたし」
「で、でも……」
「ああ、腕は団長さんからのお墨付きですから、安心してください」
「そうじゃなくてっ……」
「遠くから見つめるだけというのもいい加減飽きたでしょう」

 むぅ、と姫がむくれる。

「……意地悪リデル」
「光栄です」
「……うぅ~」
「観念してください、姫」

 姫はしゃがみ込まれ、しばらく頭を抱えていらっしゃった。私はその傍らに立って、姫を待った。向こうで待たされているカイルはきっとこちらの様子を気にしてそわそわしていることだろう。
 姫が復活されたのは、その少し後。

「立ち止まっててもしょうがない! いざ、しゅっぱーつ!!」

 こうして、魔術が使えないシルヴィア姫と、騎士見習いのカイルと、魔術師である私の三人は、馬にまたがって《ウディエールの森》を目指して出発することと相成った。


 * * *


 出発したはいいものの、その道中の空気は重たかった。原因はシルヴィア姫とカイルだ。お互い、なにを話していいのかわからない状態なのだろう。道案内役を務める私は先頭、その後ろに姫、カイルと続く。無言で進む三人は、すれ違う人々の目にはさぞや異様に映るだろう。

「……姫、疲れましたか?」
「え!? う、ううん、大丈夫だよ、全然元気!」

 珍しく黙りこくってしまっていらっしゃる姫に声をかけてみれば、ひどく動揺していらっしゃるのが丸わかりな答えが返ってきた。そしてまた黙り込まれてしまう。
 今度は少し声を張って、カイルに声をかけてみた。

「……カイルは、ルルテに行ったことは?」
「え!? あ、いや……ないな。てか、あんまりリオールの外って出たことないし……うん」
「そうですか。まあ、リオールで暮らしていると普通はルルテに用はありませんからね。遠方へ出向く際の中継地点にしても、王都から近すぎて休憩することも少ないですし。徒歩ならともかく、遠方に出向く場合なら普通は馬や馬車を使いますしね」
「そ、そうだな……」
「…………」

 いや、もう、本当。勘弁してください、なんですかこの重苦しい空気。
 話を振ってみてもうまく続かない。そもそも役割分担が間違っている。こういったことは姫やカイルのような人間が担うべきものであって、私のような付き合い下手かつそれほど口が達者ではない男がやることじゃないんですよ。慣れないことはするものではないですね……!
 引き合わせるのが急すぎたでしょうか。しかし、姫はともかく、カイルは事前にわかっていたのだからもう少し心の準備ができているものと思ったのですが……。いや、しかし九年ぶりの念願の再会となるわけですから、どちらも緊張してしまうのはしかたがないこと……ですかね。
 かといって、この調子では先が思いやられる。この任務は、別段日程が確定しているものではない。上手くすれば今日中に済むかもしれないが、下手をすれば数日に及ぶ可能性もある。こんな状態で、調査任務なんて上手くこなせるでしょうか……。
 ゆっくりと馬が歩いていくその先に視線をひたと向ける。道行くひと、馬、馬車、その向こうに道を阻むように広がる壁が見える。ルルテの外壁だ。
 ルルテは《都市》と呼ぶほど大きくはないので、《街》と呼ばれている。《都市》と《街》の定義の境目はあいまいで、気がつけばどちらかが定着している形だ。
 王都リオールと一本の街道で直接つながっているルルテには、これといった特色がない。一応、リオールの商店よりも品物が安価であり、リオールで暮らす一般庶民の中にはわざわざルルテまで買い物に出向く者もいないではないが、少数派だ。ちなみに、その中でも男性より女性のほうが多いという。リオールではそれなりに値が張ってしまう装飾品の類でも、ルルテでならもっと安く手に入れられるからだとか。そういったこともあり、目立った特色がないわりに廃れてはいない。
 私は何度か、ルルテの宿に泊まったことがある。ウディエールの森へ行く場合、必ずルルテを中継するし、個人的に馬を持っているわけではないので歩いて行き来するものだから、一日のうちに行って帰ることは不可能だ。リオールでは馬を貸し出しを商売としているところもあるが、わざわざ借りなければならないほどの必要性を感じたことがない。また、魔術を使えば空を飛んでいけないこともないし、そのほうが歩くより断然速いのだが、やはり魔術を使うほどの必要性を感じない。普段運動は自宅周辺の散歩程度なので、「こんな時くらいは」という意識も片隅で働いている。
 歩いて出かける場合は、疲れたら道を少し外れて休憩し、歩いて、休憩してを何度か繰り返す。速度は基本的にゆっくりめだ。朝出かけても、ルルテへ着けば日が暮れ始めていることもある。今は馬に乗っているので、歩くよりずっとスピードがあるし疲れも少ない。だが、まったく疲れないというわけでは、当然ない。カイルは鍛えているだろうからともかく、姫も疲れを感じていらっしゃるはずだ。

「……ルルテに入ったら少し休憩しましょう。馬に乗りっぱなしは辛いでしょうし」
「い! いやいやいや、大丈夫だよ、うん! 先を急ごう! ね、カ、カ、カイル!」
「は、はい!」

 どもりすぎです、姫。
 先ほどと変わらないがっちがちの反応に、ため息が出る。
 疲れていらっしゃらないわけがないだろう。私のほうは少々疲れを感じてきた。まあ、精神的な要素も含まれているかもしれませんが……。もしかしたら二人とも、緊張が過ぎて疲労に鈍感になってしまっているのかもしれない。それはそれで危険だ。
 馬の足を止めて後ろを振り返った。つられたように姫とカイルも慌てて馬を止める。

「休憩したほうがいいんですよ。ウディエールの森でなにが起こっているのかは、現段階ではなにもわかっていません。体力はある程度温存しておくべきです」
「う、ぐ……」
「まあ……確かに……」

 姫とカイルが頷いたのを確認して、再び馬を進めた。その後ろを、姫とカイルがついてくる
 国王様が無視できない程度にはウディエールの森の異常を訴える声があるのだ。ただの誤報とは考えにくい。程度はわからないが、ウディエールの森でなにかしらの問題が発生していることは間違いないと考えていいだろう。ルルテに入ってウディエールの森へ直行したのでは、途中で息が切れてしまいかねない。
 それに……できるだけの備えはしておいたほうがいい。姫については、いまだに不安要素が一つだって解消されていないのだから。



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