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第6話 さいごに見た夢
おわり



 ……来たんだ。
 《あちらの世界》とはまったく違う空気を肌で感じて、ようやく確信を持った。
 見慣れない街並み。見慣れない服装。けれどそこで生きる人々は、笑顔を浮かべていた。その笑顔は、あちらの人々のものとも変わらなく見える。
 私と同じ年頃らしい少年と少女の二人組を見かけた。彼らの周囲には男女それぞれ同じような服を来た少年少女たちで溢れていて、鞄らしきものを手にして、楽しそうに、仲睦まじげに言葉を交わしながら道を行く。
 ふと、夢を見た。
 見下ろす少年と少女の顔が、想像の中でカイルと姫のものに変わった。身分など関係なく、あの二人のように、笑顔で並んで歩くカイルと姫。
 ……いいかもしれない。いえ、とてもいい。
 そんな幸せな未来が、いい。
 望む未来を決めて、再び大地を降り立った。この世界で最初に踏みしめた森の大地だ。
 大切に持っていたクリスタルが入っている二つの小瓶を地面にそっと置き、それを中心に円を描く。そして、かつん、と一度杖の下端で地面を叩いた。

「……"どうかどうか、我が願いをお聞き届けください"……」

 私のしようとしていることは、間違っているのかもしれない。けれど、他にとれる道も思いつかない。
 どう足掻こうが、私たちはこの世界にとって異質なもの。それは自分の身をもってどうしようもないほど理解できている。この世界にとけ込もうと思うなら、他に方法はない。
 たとえ間違っていても、なにかを歪めることになったとしても、私は、二人の魂を、消してしまいたくなかった。

「"瞬き消えし星々を、輝き同じくする星のもとへとお導きください"」

 ぽう、と小瓶の傍に二つの光玉が生まれる。そしてそれがゆるりと蝶の姿を象った。無意識に、目元が緩む。

「……"永劫寄り添い生き、一つの星となりましょう"……」

 ぱりん、と音を立てて二つの小瓶が割れた。クリスタルは小さく光を放ち、とけるように消えていった。光る蝶はふわふわと飛んでいき、直に視界からその姿を消す。その蝶を具現したのは私なので、蝶が今どの方向へ飛んでいるのかはわかるが、それを気にする必要もない。ここには、二人の魂を狙う輩などいやしないのだから。
 異質である私たちがこの世界にとけ込むためにとれる方法は、この世界の魂と同化すること。そんな魔術は聞いたことがないし、うまくいくかもわからなかったが、魔術師は想像を現実に変える者……強く思い描けば成功するだろうことを、《異世界》へとやってきた私は改めて強く確信していた。
 姫とカイルの魂は、この世界において波長の合う者の魂と同化する。そうしてこの世界の一部となる。彼らが巡り会うかはわからないけれど、長い時間をかければいつか、私が見た夢が、現実なることだってあるかもしれない。
 なるといい。
 たとえ、見届けられなくても……。
 私は力なく、大地に倒れ込んだ。からん、どさり。杖と自分が倒れる音を、遠い気持ちで聞いた。
 もう体に力は一切入らなかった。限界だ。体が崩れていく感覚が、どんどんはっきりと迫ってくる。視線を動かして、自分の指先を見た。さらり、と黒い砂のようになって、形がなくなっていく。……なんだか、《ゴル・ウルフ》の最期のようですね。
 これは、報いでしょうか。
 小さく自嘲した。
 二つの世界に孔を開け、《こちらの世界》に異質を持ち込んだ報い。過去に異世界へと渡った魔術師たちも、こうして消えていったのかもしれない。
 けれど、悔いはなかった。姫の魂を狙う輩の手を逃れたのだ。その代償がこの命だと言われても、惜しくはなかった。むしろ、自分の命を代償に姫の魂を守れたのだと思えば、身に余るような幸せだった。……姫は、怒るでしょうけど。
 想像して、自嘲とは違う笑みが浮かぶ。
 そっと目を閉じる。
 このまま消えるのならば、それもいい。どうせもう、姫にもカイルにも出逢えることはないのだから。……いっそこの大地に溶けてしまえないでしょうか。そうすれば、遠い遠いいつかの夢を、見届けることだってできるでしょうに。
 がさり、と草を踏みしめる音がした。ざ、ざ、と軽い足音がして、私の前で、止まった。
 重たい瞼をどうにかあげると、幼い少女が私の顔をのぞき込んでいた。

「おにいちゃん、どうしたの? どっかいたいの?」
「…………」

 少女は悲しそうな顔で、私に尋ねた。私はどう答えようかと悩んだ。悩んでいるうちに、少女は勝手に結論を出して、言った。

「わたしがなおしてあげる! いたいのいたいの、とんでけー!」

 それからも少女は、「いたいのいたいの、とんでけ」と、何度も何度も繰り返した。

「……それは、なんの、呪文です、か?」

 声をかけると、少女は真剣な顔で言う。

「いたくなくなるおなじないだよ! おかあさんがおしえてくれたの!」

 それからまた、おまじないを繰り返す。一生懸命に、私が痛くないようにとおまじないを繰り返すその姿は、いじらしくて純粋だった。
 何度も、何度も、何度も何度も、少女は呪文を唱え続けた。

「…………ひっく……ふぇ……」

 やがて、少女は泣き出してしまった。どうして泣くのかわからなくて、私は戸惑いの目を向ける。

「おに、ちゃん……おてて、なおんない……っ、あしも……」

 ああ。
 少女の涙声による指摘で気がついた。
 両手とも、もう形を失っている。肘から先にはもうなにもなかった。少女の言葉から察するに、感覚がわからないだけで、きっと足も消えているのだろう。こうしている間にも、徐々に徐々に、私の体は形を失っていっているのだ。

「……大丈夫、ですよ……」
「で、でもっ……」
「さっきまで、手も足も、すごく痛かったんです……でも、君が呪文を唱えてくれたから、痛いのは、飛んでいってしまいました、……」
「……ほん、と……?」
「ええ……」
「おにいちゃん、もう、どっこもいたくない……?」
「ええ……」
「……そっかぁ、よかったぁ……」

 少女は安心して、うれしそうに笑った。その顔が、姫の笑顔に重なって、愛しさに似たものを覚える。
 ――姫。カイル。どうかこの世界で、この世界のものとして、幸せに生きて、そして死んで、また生まれて、繰り返しながら、幸せになって。私はもう、それしか望まない。
 崩れていく。体の形をもう保てない。目の前で消えたら、この子はびっくりしてしまうでしょうか。こんなに幼いから、きっとなにが起きたかなんて理解できないだろうけれど。
 薄れていく意識の中で、私はふと、少女の傍らを舞うそれを見つけた。
 ……なぜ、《導きの蝶》が、ここに、……


 * * *


「×××ー!?」
「あ、おとうさん」
「×××! ダメじゃないか、一人で勝手に走っていって。迷子になったらどうするんだ」
「だって、とってもきらきらしたちょうちょがいたんだもん」
「ちょうちょ?」
「うん。それでね、ちょうちょをおいかけてきたら、ここにおにいちゃんがいたんだよ」
「おにいちゃん? 誰もいないぞ?」
「きえちゃったの……。あのおにいちゃん、もしかしてゆーれいだったのかなぁ」
「……お父さんは見てないからわかんないなぁ。……怖かったのかい? 泣いてるぞ?」
「ううん、ぜんぜんこわくなかったよ。だってね、おとうさん」

 少女は涙をぽろぽろ落としながら、父親の手を取った。

「おにいちゃんは、かなしそうだったんだよ」
「……そうか」
「ねえ、おとうさん。ゆーれいってきえたらどうなるの?」
「ん? んー、そうだなぁ……。星になる、かな」
「おほしさま? おそらにいっちゃうの? じゃあ、もうあえないの?」
「うん? うーん……いや、もしかしたら会えるかもしれないぞ。お兄ちゃんはきっとな、生きてる間、いっぱいいっぱい頑張ったから、お空でしばらくお休みするんだ」
「おやすみ?」
「そう。そうしてゆっくり休んで、また元気になったら、もう一度生まれてくるんだよ」
「そっかぁ……。またあいたいなぁ」
「どうしてだい?」
「わらってほしいから!」
「……そうか。じゃあ、お兄ちゃんが今度は笑ってくれますようにって、お願いしようか」
「うん! よるになったら、ながれるおほしさまさがす!」
「ああ、それがいい。さ、×××。お兄ちゃんにバイバイって言って、帰ろうか。お母さんも心配してるぞ」
「うん!」

 少女は立ち上がって、そこにいた、けれどもういない《おにいちゃん》に向けて「ばいばい」と手を振り、父親と手をつないで山を下りていく。
 きらきらと光る蝶が少女の背中を見送って、ゆらりと揺れて、消えた。



(どうか笑って。そのためなら、なんだってできるから、……)



【完】
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