TopText姫とナイトとウィザードと ~ナイトの章~

第2話 ナイトとウィザード
02 謎の少女の正体



 一週間ってのが案外あっさり過ぎていくものだということは知っていた。そして今、改めてそれを実感している。
 この一週間、一日一日のサイクルに大きな変化はなかった。俺の一日と言えば、朝起きて、飯食って、学校行って、朝練して、授業受けて、飯食って、ちょっと寝て、授業受けて、部活して、コンビニ寄って買い食いして、他愛ない話をしながらみんなで自転車を押して歩いて帰る。土日も挟んだから授業なしで一日部活に励んだ日も二日あるけど、それも以前となんら変わらない。
 そんなふうに、一週間が経過した。
 その間、あの日の女は一度も姿を見せていない。両手の傷は薄くなっちまってもうわからないくらいだけど、背中はまだ鈍く痛む。まだ、消えていない。
 今日まで何度も考えた。あれは本当に現実だったんだろうか。それともやっぱり夢だったんだろうか。けれど、上手く答えは出ない。
 どっちかっていうと現実の線が濃厚だけどな。傷だけとはいえ、証拠が残ってたわけだし。
 ぬっと、唐突に視界いっぱいに御端の顔が入り込んだ。俺はパックジュースのストローを口に含んだままごくんと喉を鳴らしながら、目を丸くした。
 お、おおお、びっくりした。そういや今昼休みだったんだっけ。

「なんだ? 御端」

 なんとか平静を装って、首を曲げて俺の顔を、困ったような、戸惑ったような顔をして覗き込んできている御端に声をかけてみる。

「え、と……どうかしたのかな……って」
「ん? なんでだ?」
「なんか、元気、なく、みえる……」

 自信なさそうに告げる御端に、俺は内心苦笑した。御端に心配かけるとか、なにやってんだ俺。
 御端はちょっと(いや、だいぶ……?)天然入ってるけど、負の感情についてはなかなか敏感だ。主には相手が気を悪くしてないかどうかというところが焦点になるが。言い方を変えれば、相手の顔色を窺っている、ということだ。これもやっぱイジメが原因なんかなー。
 ストローを離して、頬杖をついて笑ってみる。

「そっか? まーちょっと寝不足だからな。そのせいかも」
「寝不足……?」
「おお。化け物に襲われる夢見てさ」
「ば、ばけもの!?」

 いちいち律儀にいい反応をする御端に笑みが深くなる。こう、からかって遊びたくなるタイプだよな、御端って。もうちょっと怖がらせるのも面白いかもしれない、と少しばかり思ったりもするが、後のフォローが面倒なのでそれはしない。

「そ。ま、ちゃーんと倒すけどな」
「や、やっつけたの?」
「おお」
「す、すごい! 井澄くん、強いんだね!」

 夢の話ってことになってんのに、御端はそれが現実のことのようにキラキラしたまなざしを俺に向ける。……ちょっと気恥ずかしい感じもするけど、楽しそうな御端の反応に満足して、中断していた昼飯を再開する。御端も安心したのか、つられて再開する。俺が元気ないんじゃないかと心配していたことすら、なかったことみたいだ。面倒なとこもあるけど、簡単なところもあって助かる。
 そういや真嶋は……と、部活でもクラスでも一番騒がしいやつの姿を探すと、石橋と笑いながらパンを食っていた。
 石橋も俺たちのクラスメートで、出席番号の関係から野球部以外で入学当初からよく話をしていた。最初の頃は俺と石橋で会話していることが多かったが、気がつくと真嶋と石橋で話をしていることが多くなっていた。妙にウマが合うらしい。多少の寂しさみたいなものはあったが、まあそのおかげで俺と御端は落ち着いて昼飯が食えるようになったわけだから、プラマイゼロ、結果オーライだ。
 今も、でっかい笑い声が聞こえてくる。また馬鹿な話してんな、あいつら。さすがにここでエロ話するほど馬鹿じゃないだろうけど。
 空になった弁当箱のフタを閉めて、購買で買ってきたパンを手に取り、封を切る。そして、出てきた焼きそばパンに齧り付い――

「よっく食べるなー。野球部の練習ってそんなキツイの?」

 ……声が、聞こえた。すぐそこから。
 どっかで聞いたことがあるような、気がしなくもないけど。どうにも声の主の姿が思い浮かべることができず、首を回して机の横を見た。斜め右下、スカートだっていうのに気にした様子もなくしゃがみ込んで机に手をかけてこっちを見ている女子が一人。
 ……誰だ?
 肩につくかつかないかという長さで、ゆるくくせのついた髪の毛。下から覗き込んでくる大きな瞳はどこかいたずら好きそうな光を抱えている。
 どっかで見た……気がしなくもないが、名前が出てこない。記憶力はそんなに悪くないはずなんだけどな、とぼんやり眺めていると、相手が楽しそうに小さな声で笑った。

「うーん、やっぱわかんないか。あの時は結構暗かったからね」

 そう言って、相手はどこからかキャスケットを持ち出して、すっぽりとそれを被った。そして、キャスケットの影から瞳を覗かせ、俺を見上げる。
 唐突に、記憶がフラッシュバックする。
 驚愕と衝撃で勢いよく腰が浮いた。イスががたんと大きな音を立てるが、気にしていられない。目を丸くして、なにか言おうと口が動くが、うまく言葉にならない。そんな俺を見上げ、女は満足そうな笑みをキャスケットに下で浮かべた。

「や、一週間ぶり。元気そうだね」

 間違いない。こいつは一週間前のあの女だ。魔法の杖みたいなもんを持って、魔法みたいなもんを使って、狼のようで狼じゃない黒い獣と戦った、あの女。

「お、ま……!? なん……!?」
「おー、いい驚きっぷり」

 ようやく声が出たが、しかし意味のある言葉にはなりそこなった。そんな無様な俺の姿を、女は楽しそうに眺めている。
 ふと、横と背後から視線を感じた。
 横にいる御端は最初から俺と話をしていたからしかたがない。御端の場合、気になるといっても身を乗り出してくるほど積極性がないから害はほとんどない。が、石橋と馬鹿話に花を咲かせていたはずの真嶋まで興味津々かつ無遠慮にこちらを覗いてくる。おまけに石橋まで一緒になって。だれ、だれ、と面白がるのがものすっげーうざい。

「お前らちょっと黙ってろ!」
「えー、なんだよー」

 俺が怒鳴っても、真嶋も石橋も気にしない。驚いてビクついたのは御端で、苦笑したのは問題の女だった。

「あー、悪いね。今日は顔見に来ただけだから。井澄くん、明日ミーティングのみで早い日でしょ? 話はその後にしよう」
「……なんで明日がミーティングの日って知ってんだよ……」
「だってうちのクラスにもいるもん、野球部」

 驚く俺を尻目に女は立ち上がり、体を反転させながら、しかし顔だけはこっちに向けたままで、にんまりと笑みを浮かべて言う。

「一年一組の城井灯子。またね、井澄くん」

 そうして、楽しそうに一年九組から遠ざかる女の姿を見送った。
 俺も御端も呆気にとられ、動くという選択肢を数秒の間忘れ去っていた。俺でもわけがわからないから、御端はもっとわけがわからないだろう。
 とりあえず、あいつが俺の部活(そういや名前も呼ばれてたか)を知っていた理由はわかった。まさか同じ学校だったとは……。一組、っつーと、たしかに野球部の仲間がいる。林田と葉狩だ。それならたしかに、部活の予定の大まかなところは流れててもおかしくない。
 ……いや、待て待て。やっぱおかしいって。一組の女がなんで九組の俺のことなんか知ってんだよ。一組と二組とか、九組と十組ってんならまだしも、一組と九組じゃ接点なさすぎじゃねーか。後で調べたってんならまだしも、事前にとか……ないだろ。ナイナイ。まさか、全校生徒把握してるなんて漫画みたいな設定じゃねーよな。だとしたら引く。……そうじゃなかったとしたら、俺はあの事件に遭遇する前から、あの女となんらかの関わりがあったってことになる。俺のほうはまったく覚えがないんだが。

「井澄の友達かー?」
「なんか変わった子だな」

 真嶋の質問には答えず、石橋の感想には胸中で同意し、俺はあきらめのため息を吐き出し、席について昼飯を再開する。真嶋と石橋は少しつまらなそうに、こちらもやはり昼飯を食べ出す。御端がしばらくきょときょとと俺を見たり廊下を見たり真嶋や石橋を見たりと忙しかったが、そのうち落ち着いて弁当のおかずを口に運び出した。
 焼きそばパンをすべて胃の中におさめると、もう一回ため息をつきたくなった。
 ……あいつと俺の関係なんて、俺のほうが聞きたいくらいだっつーの。



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