TopText姫とナイトとウィザードと ~ナイトの章~

第4話 願いと魂
05 撃退



 急いで城井の傍に駆け寄る。とはいえ、俺がいるグラウンドと城井がいる校外は一メートルほどの高低差があり、さらにその上に伸びるフェンスがある。フェンス越しでしか確認できないが、それでも城井は思った以上にぼろぼろになっているのがわかった。どんだけ無茶してんだよ、この馬鹿は……。

「お前、怪我は大丈夫なのか!?」
「まあ……動けないことはない、かな」
「馬鹿、無理すんな!」
「……そう言う井澄くんも、結構ぼろぼろだけど……」
「へ……うぉ!?」

 改めて自分の体を見下ろす。ズボンや袖は砂が好き勝手に付着し、更にあちこちに赤い色が染み出している。おそらく、火炎黒球(仮)が地面にぶつかった際に飛散した地面の欠片なんかがぶつかっていたのだろう。見た感じ、そう大した傷はなさそうだ。額にできた傷からも、もう血は流れていない。知ってはいたが、実際体験するとやっぱりびっくりするくらいの回復スピードだ。

「あー……まあ大したことねーよ、俺のほうは。明らかにお前のが重傷だろ」
「あはははは……そうだねー」

 空にいた《ゴル・イーグル》が、大きな音を立ててグラウンドに墜落した。砂煙は瞬時にはけ、翼を貫いていた氷の刃が更に地面へと突き刺さり、《ゴル・イーグル》の巨体を地面へと縫いつけている光景が視界に映った。しかし、その氷の刃は徐々に姿を小さくしていく。吸収されているのか。本当に魔獣の体ってのはどうなってるんだ、いったい。

「《アルボ・アガイーレ》」

 城井が静かに唱えると、グラウンドからなぜか突然蔦が生え出し、《ゴル・イーグル》をぐるぐる巻きにしてしまった。動きを封じられた《ゴル・イーグル》は、息苦しそうに奇声を上げた。
 俺は頬を引きつらせ、フェンスの向こういる城井に問いかける。

「……城井サン?」
「念のため、グラウンドにも魔晶石埋めといたんだよね。『備えあれば憂いなし』って、素敵な言葉だと思わない?」
「否定はしねーけど、お前が言うとあくどく聞こえるのはなんでだ」

 まあ、とにかく、だ。城井が《ゴル・イーグル》の飛行能力を封じてくれたわけだから、後は俺がやつをぶった斬るだけだ。
 剣を握りなおし、やつに向かって地面を蹴ろうとした。
 しかし、その前に異様な空気を感じ取り、動きをぴたりと止める。

「なに……?」

 城井も感じたらしい。静かに訝しげな声をこぼす。
 ふいに、《ゴル・イーグル》が俺たち二人にその瞳を向けた。先ほどから変わらない、飢えたようなぎらついた光を宿す瞳。それに見据えられたと思った瞬間、ぞくぞくと背筋が粟立った。
 今の感覚はなんなのか、と思考を始めた直後、やつの体の後方で《闇》が揺らめいた。それは最初、薄い影のようなものだった。それが徐々に色を濃くし、輪郭を明確にし、存在感を強くしていく。

「……嘘だろ、おい……」

 思わずぽろりとこぼれた言葉は、間違いなく本音だった。
 蔦に絡めとられた《ゴル・イーグル》の後ろに、もう一体、《ゴル・イーグル》が姿を見せた。二体目の《ゴル・イーグル》は見せびらかすように翼を広げた。その右翼には、四つの穴が開いている。城井の魔術による攻撃で開いた穴だ。いや、あれは一体目が受けた攻撃であって……あれ? どうなってんだ?
 二体の《ゴル・イーグル》が、こっちをあざ笑うように目を細めた。

「邪魔者が二人になったから分身したってのか……? 城井、魔獣ってそんなことまでできんのかよ!? 聞いてねーぞ!?」

 やつらから目を離さずに問いかけるが、城井からの返答はない。それを怪訝に思い、視線を城井へと移す。

「城井?」
「……井澄くん」

 ほぼ同時に、城井の声と魔晶石が顔の横に突き出された。フェンスの網目は大きい。城井の腕一本くらいなら余裕で通る。
 反射的にその魔晶石を受け取ると、城井の緊迫感に溢れた声が続く。

「飛ばれる前に跳んで、それを投げつけて。地面のは君に任せる」
「……リョーカイ」

 迷っている暇も聞き返している暇もない。翼に穿たれた穴は徐々に縮まっていて、二体目は今にも飛び上がってしまいそうだ。
 俺は左手に剣を、右手に魔晶石を握り、やつらに向かって跳んだ。
 しかし、行動開始が少しばかり遅かったらしい。二体目は大きく風を起こし、空へ向かう。俺は舌打ちして、空へ向かって地面を蹴った。俺は空を飛べるわけじゃねーから、当然二体目には届かない。
 右手を後方へ引いた。足が上がり、上半身が後ろへ傾いていく。

「……まともな投球練習は、やったことないんだけど、なっ!!」

 空中で体を捻り、滞空している二体目に向けて魔晶石を投げつける。それも多分届かない。悪い、城井。失敗した。
 それでも、地面にいる一体目は間違いなく仕留めようと、地上を睨む。蔦のために身動きを取れなくなった一体目は、どうにかそこから逃れようとじたばたもがいている。
 《風》が落下地点を調整し、一体目の頭上に移動する。剣を右手に持ち替え、前方へ……目標物へと突き出す。

「……充分だよ」

 風に乗って、届くはずのなかった城井の声が届いた。

「逃がすかぁ!!」「《クレスタ》!!」

 二つの声が重なった。
 俺の剣は一体目の頭部を頂からざっくりと突き刺し、その巨体に着地したと同時にそこから胸に向かって剣を振る。剣の長さはその距離に足りないが、剣を取り巻く《風》が刃の延長となり、《ゴル・イーグル》の胸の縦に斬り裂いた。
 その傷口から、《ゴル・ウルフ》と同じように、大量の黒いもやが放出される。じっと傷を睨みつけるが、回復する兆しはない。あれだけ暴れていたのに、それも嘘のように静まっている。
 倒せたか。
 ほう、と息を吐き出し、巨体から飛び降りる。
 それに数秒遅れ、氷付けになった《ゴル・イーグル》がグラウンドへと落下してきた。嘴と目を大きく開いたその顔は、驚愕を表しているようだ。更に遅れて、城井の魔晶石がその傍に落ちる。

「"どうかどうか、我が願いをお聞き届けください。この地にあるはずのない異形を、その身にお迎えください"……《オッズ・アーム》!」

 城井の声が届くと同時に、《ゴル・イーグル》の氷付けを中心に魔術陣が描き出され、地面が地震のように揺れた後、まるで口を開いたように割れ、ばくんと氷の塊を飲み込んでいってしまった。

「…………」

 俺が倒したほうの《ゴル・イーグル》は、地上で黒いもやとなり、空気中に溶けて消えた。
 いつも思うんだけど、こいつらの最期は、『死んだ』というよりも『消えた』と表現するほうが正しいんじゃないだろうか。それって、生き物としてどうなんだろう。
 きん、という細く高い音を立てて、透明になった魔晶石が砕け散った。


 * * *


「なんだったんだ? あれ」
「あれ?」
「氷付けにした《ゴル・イーグル》、地面に飲み込んだろ」

 フェンスを飛び越え、城井と城井の自転車を担いで再度グラウンドに降り立つ。城井を地面に座らせ、尋ねた。
 城井は「ああ」となんともないことのように、

「《オッズ・アーム》ね。標的を地中に飲み込んで潰しちゃうの。いくら魔獣といえど、二度と出てこれないよ。そのうち地球の養分になるんじゃないかな。吸収できる養分があればの話だけど」
「……聞くんじゃなかった」

 答えた内容に尋ねたことを激しく後悔した。

「ていうか、《闇の瘴気》とやらが地中に充満するんじゃねーのか、それ」
「あの魔術陣の範囲内だけね」

 指差されて見ると、グラウンドの上ではまだ城井の魔術陣がぼんやり光を放っている。

「後で見えないように細工しとかなきゃ。とりあえず一ヶ月くらいでいいかな」
「……いんじゃね?」

 投げやりに答えた。
 城井の戦い方は結構えげつない。知ってたけど。

「ちなみに私が考えた」
「お前かよ!」
「驚きすぎだよ」

 驚くわ!
 《ウィザード》の力使いこなしすぎじゃねーか、こいつ!

「……それで、さっき答えてくれなかったけど、魔獣ってのはああいう、分身の術みたいなことができるのか?」
「……そう、だね。前にも言ったけど、魔獣についてはわかっていないことのほうが多いからね。あの《ゴル・イーグル》についても、《ウィザード》は実物を見たことがあるわけじゃなくて、文献で見て知ってただけなの。だから、《ウィザード》も、誰も知らない特殊能力があったって、不思議はない……かな」

 城井は笑っているけれど、その笑みに余裕は感じられなかった。というか、「困ったことになった」と物語っているようだ。
 それはちょっと気になるが。
 まあ、とにかく。これでどうにか、目前の危機は去ったわけだ。
 俺は張り詰め続けていた緊張を解いた。城井も戦闘中に比べれば肩の力を抜いている。

「なんとかなったぁ……」
「問題はこの先だけどね」
「……いろいろ山積みだぜ、問題」
「そうだね。ちょっとまずいことになってるし。まあまずはこの場所の修復と……御端くんと話をしなくちゃね」

 ここで御端の名前が出るってことは……。
 やっぱ、そうなんだよな。

「それについて一つ言いたいことがある。お前……面白がってただろこんにゃろう」
「……まあ、否定はしない」

 ほんとこいつ、性格悪い。
 ジト目で睨みつける俺を無視するかのごとく素知らぬ顔で、城井は座り込んだ状態のまま、杖を一度振りあげ、とん、と杖の先で地面を叩いた。

「《レクティーオ》」

 城井を中心に魔術陣が描き出され、その光が水面の波紋みたいにグラウンド中に広がっていく。
 これは城井が、戦闘で壊れたもの……例えば、道路や塀を直すときに使う魔術だ。道路や塀を例に出したのは、単純に戦闘で壊れる可能性が高いのがそれってだけなんだけど。基本的には、生き物でなければこれで修復可能らしい。この術じゃ、人間の傷は癒せない。そもそも、城井が知ってる魔術に、傷を癒す術はないらしい。
 さっきまでの戦闘のせいでめちゃくちゃになっていたはずのグラウンドの姿は、ほんの数秒ですっかり元通りになってしまった。魔獣との戦闘があった後だなんて、きっと誰も思わないだろう。目撃者さえいなければ隠蔽は簡単そうだ。
 ふと、野球部のみんなのことを思い出して、みんながいるほうを見てみる。みんながみんな、ぽかんとした顔をしている。城井が使う魔術は、俺の剣と同等かそれ以上に衝撃を与えたらしい。

「ところで、野球部以外は?」
「今日はうち、昼休憩ちょっと遅かったからな。他の部はとっくに昼休憩行ってて……まだ戻ってきてないみたいだな」
「そうだったの? ラッキー。野球部だけですんでよかった」
「……それすっげー複雑だ、俺としては」
「あはは……お、……あ、れ?」

 笑いながら、城井は立ち上がろうとした。しかし、背筋が伸びきる前にバランスを保てなくなり、再び地面に座り込む。

「おいおい……大丈夫か? 手ぇ貸すか?」
「……いや、へーき」

 一応手を伸ばしてみたものの、城井は俺の手を断り、杖を地面に突き立てて支えにし、なんとか立ち上がる。
 その様子をただ眺めていると、どうしても顔をしかめたくなる。
 元々、城井は積極的に俺に頼ることはない。中二のときに両親を殺されて以来、本当の意味で頼ることができる相手がいなくて、ひとりで戦ってきたのだ。「使えるものは使う」とはよく言うし、俺の力も上手く使ってると思う。けどそれは、あくまで《利用している》だけであって、《頼る》ってのとは少し違うんじゃないかと思う。うまく説明できねーけど。
 そんだけぼろぼろになってもそうやって強がられると、なんつーか……消化しきれないもやもやっとしたものが喉の奥につかかるような感じがして、気分悪い。いや、もう城井の中じゃそういう行動パターンが染み付いちまってるのはわかってんだけどな。
 ……しょうがない。この辺りのことについては気長に行こう。大丈夫、なんとかなる、俺は気が長いほうだ、間壁や寺本に比べれば!
 視線を改めて野球部のみんなに向ける。声には出してないけど、「なんなんだ」って問い詰めるような視線が痛い。
 あるはずの日常から隔絶されたような、そんな寂しさが押し寄せてくる。
 ……しかたないのは、わかってんだよ。選んだのは俺で、決めたのも俺だ。だから、それを城井や《ウィザード》たちのせいにするような情けないことはしない。

「……もう動いてもいいのかな?」

 最初に口を動かしたのは監督だった。さすが監督だ、肝が据わっている。あんな光景見てもほとんど動揺見せないとは。

「あ、はい。えっと……」
「待って……すぐ解除する」

 城井に顔を向けると、城井は杖を振って透明な壁を解除した。みんなに壁がなくなったことを簡単に伝えるためだろう、壁はガラスのように割れ、飛び散った欠片たちは幻のように霧散していった。
 ここで真嶋と御端が興味深そうにあっちこっちに視線を巡らせていたのは、まあ、お約束ってやつだな。
 監督が、離れた場所に立っている俺にもわかるくらい空気を肺に吸い込んだ。そして、俺と城井の数歩前まで歩み寄る。
 そうか……動揺してないように見えたけど、そうじゃないんだ。いくら大人だって、あんなことが目の前で起こったらパニックになって当然だ。監督はただ、周囲の不安と混乱をこれ以上助長しないために、どうにか冷静さを保とうとしているんだ。
 いつもの真剣なまなざしを真っ直ぐに向けられて、反射的に背筋が伸びる。

「とにかく、話を聞かせてほしいわ。わからないことだらけだからね」
「俺は、いいっスけど……」
「ま、こうなっちゃったらしかたないよね」

 城井を見て、確認を取る。説明することに、城井も異論はないらしい。
 戸惑っているような足取りで、監督の後ろに続くように寺本たちも寄ってくる。

「ここじゃなんだし、移動しましょうか。部室、じゃ狭いよね……」
「あ、あの、じゃあ教室行きましょう。他の部はそろそろ昼休憩も終わると思いますし。一年一組でどうですか? ここから一番近いですし」
「じゃあそうしましょうか。みんな、移動するよ!」

 監督のみならず、高坂も思ったより冷静だった。あれか、女の方が肝が据わってるのか。情けないぞ、男ども。
 ……真嶋は、別だなぁ。真島のやつ、俺と城井のこと、試合の対戦相手を観察してるときのような目で見てやんの。改めて向けられると、あの目は恐いな。
 ぞろぞろと移動し出す面々の中から、高坂がはずれて俺の前に立った。

「井澄くん。これ、井澄くんのケータイ」
「おお、サンキュ」

 高坂からケータイを受け取る。傷一つない。どうやら、俺が放り出したのを拾ったのではなく、見事にキャッチしてくれたらしい。さすが高坂。
 二つ折りのそれをぱくんと音をさせながら開いて、軽く驚愕する。

「って、まだ繋がってるし」

 なんと通話中のままだった。もちろん相手は城井だ。

「あ、うん。城井さんに言われて……」
「壁作った後も繋いでてもらうようお願いして、そのまま忘れてた。ごめん」
「お前か」
「だから、ごめんって」

 城井の頭を叩いてやりたくなったが、今のこいつは満身創痍だ。《力》を解放している状態だから回復は早いだろうが、ここは我慢する。高坂は俺と城井のそんなやりとりを、苦笑とともに見守っている。

「で、なんでまた?」
「ひと避け用に結界張ってたから……繋がり切断されたら効果なくなっちゃうんだよ」
「……ひと避け……? あ、じゃあ他の部の連中がこの騒ぎに気づかなかったのは……」
「そういうこと」

 城井がポケットから魔晶石を取り出して見せた。

「校内のあちこちに、念のため仕掛けさせてもらっててね……。これ、結界の支柱にもできるの。その内側でなにが起ころうと、外側からはなにも見えないし、聞こえない……そういう結界ね」
「あー……。そっか、いつも誰も気づかないのもそれのおかげか」
「……井澄くんって、基本鋭いのに、どっか抜けてるよね……」

 悪かったな! てかお前もひとのこと言えんのかよ!?
 けどまあ、それはともかく。城井の事前策のおかげで最悪の事態は免れたらしい。野球部のみんなに見られたのも痛い事実だけど、これが他の部にまで及ばなくてよかった。そんなことになったら、説明するったってどうしていいかわからなくなる。

「……一年一組、だったね。私は後から行くよ」
「え……?」

 気がつくと、城井は杖という支えなしに立っていた。少しは回復したらしい。

「自転車、ちゃんと自転車置き場に置きに行きたいし……。向こうに気づかれた以上、なんの対策もなしじゃあ、ね。ちょっと学校の周りの結界、強化してくるよ」
「……その結界とやら、教室だけじゃだめなのか? 学校の敷地って結構広いだろ。広範囲だとキツイんじゃねーの?」

 俺は魔術のイロハなんてほとんどわかんねーけど、そういう広範囲に及ぶ術っていうのはレベルが高そうに思える。ゲームやってると、レベルの高い魔法なんか使うと、相応にMPが減るんだよな。城井が使う魔術には、そういう定義みたいなもんはないんだろうか。たしか、術の内容によって必要な魔力の量は違うってのは前に聞いた気がするんだけど……。

「そりゃもちろん、範囲は狭いほうが楽だけど。じゃあ、他の部のひとたちが巻き添え食っていいの?」
「……よくないな」

 城井の口振りから、ゲームのようなわかりやすいシステムはないにしても、疲労は間違いなくたまるようだ。
 城井の言うとおり、また《ゴル・イーグル》がやってきたりしたら問題だ。結界の必要性は、理解できる。
 城井は、ここに来るまでに相当体力を消耗してるはずだから、できればもうちょっと楽させてやりたいんだけど……しょうがねーか。

「だから、先行ってて。説明なら、井澄くんからしておいてくれていいから」

 俺がするのか。まあいいけど。
 つまり城井は、みんなに説明する内容は俺が理解しているレベルの話で十分だって判断したんだな。まあ城井ほど深い知識は、確かに必要ねーか。でも俺、説明すんのあんま得意じゃねーんだけどな……。

「待てよ」
「間壁……?」

 もともとあんまり目つきのよくない間壁が、さらに目つきを鋭くして、俺と城井を睨みつけている。てかお前、まだいたのか。もう高坂以外はとっくに一年一組に向かったもんだとばかり思っていた。……って、よく見りゃみんなまだ校舎に入ってすらいねーし。どうやら俺と城井を待っているらしい。

「んなこと言って、この場から逃げようとか思ってんじゃねーだろうな」
「は……?」
「どー見ても井澄よりお前のが立場上っぽいし。井澄に責任押し付けるつもりか」
「ちょ、ま、おま、待て待て!」

 間壁の言い分に、きょとんとしていた俺は、慌てて間壁を制した。
 なに言ってんだ、こいつ。逃げるだの押し付けるだの、そんな発想が端からなかった俺は混乱した。高坂も驚いた表情を浮かべている。
 ただひとり、城井だけが冷静にため息をついた。

「そうやって疑われるのも仕方ないけどね。みんなにしてみれば、私は井澄くん以上に得体が知れないものなんだから」
「だからってなぁ……」

 城井はこともなげに言うが、俺は納得しかねる。城井は誰かに責任を押し付けたりしない。できない。だからこそ、ひとりで戦ってきたんだってこと、俺は知っている。
 俺の心情なんぞ知らないまま、城井は間壁に向かってにっと笑った。間壁の心配が無用なものであると自覚しているからこその、余裕の笑みだ。

「まあ、心配なら誰か一緒についてきたらいいよ。あ、御端くん以外ね。あと、井澄くんは人質ってことで、そちらにさしあげます」
「おいこら!」
「ちゃんと助けに行くからね!」
「聞いてねーよ!」

 足元ふらついてるわりに元気そうじゃねえか、このやろー。
 言い合っていた俺らの様子を気にしてか、コバセンが寄ってきてひとのいい笑顔で言った。

「じゃあ、僕がついて行こう」
「コバセン……」「おじさん……」

 俺の声に重なった城井の声に、みんなで首をかしげた。
 おじさん……おじさん?
 城井がそういう相手っつったら……!

「おま、まさか親父さんの親友って……!?」
「あれ、私言ってなかったけ?」
「聞いてねーよ!!」
「大事な親友の娘さんだけど、教師としての務めは忘れないからね」

 つまり、ちゃんと後で一年一組の教室に向かうからね、と笑うコバセンに言い返す言葉は、誰も持っていなかった。
 間壁が不機嫌そうな態度を改めることはなかったけどな。



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