TopText姫とナイトとウィザードと ~ナイトの章~

第4話 願いと魂
06 ここまでの話



 一年一組の教室に踏み入る。ひとの姿はなかった。
 今日が平日じゃなくてよかった。改めてそう思う。もし平日だったら、って考えるとぞっとする。全校生徒に教職員、合計でどんだけいるかなんて知らないけど、全員の目を誤魔化すなんて大技、城井にだってきついだろうからな。
 俺は窓際の席を陣取った。なんかあったら窓から飛び出して対処できるからだ。そんな俺に対して、みんなは教室の真ん中よりこっちには近付いてこようとしない。
 もう、苦笑するしかない。

「それじゃ離れすぎだろ。こんなんで話とかできるかよ」

 あからさまに俺と距離をとるチームメイトたちに、本日何度目かの物悲しさを覚える。
 そりゃあ、あんな得体の知れないもの見せられて怖かっただろう。それに平然と……いや、内心平然なわけじゃなかったんだけど、それでも立ち向かっていく俺や城井は異様なものに見えただろうよ。
 わかってるけど。しかたないけど。何回もそう言い聞かせてるけど。やっぱりショックなもんはショックだ。

「とりあえず、それ、しまったらどうかしら」
「え? ……あ」

 監督に指摘されて、剣を出しっぱなしにしていたことに気がついた。
 すっっっかり忘れてた……。
 誰ともすれ違わなくてよかった! ほんとよかった! こんなん問い詰められても説明できねーよ!

「《デリオ》」

 それは俺の手の中で光に変わり、そのまま消えていく。ぐっと体が重くなった。……いつものことなんだけど、これは慣れないなぁ。

「消えた……」
「どーなってんだ……?」
「さあ……そういや、深く考えたことなかったな」

 ざわつくみんなの中から出た疑問に、俺も気づく。改めて考えてみる。
 手を開いてみる。さっきまであったものが、今はない。細かいことはわからないけど、とにかくそういうものなんだって理解して、それだけで十分だった。
 ――忘れえぬ誓い、置き去りの約束、強き願いを具現せん。
 あの日、《ナイト》の魂を起こすときに城井が唱えた言葉がよみがえった。キーワードは多分、《誓い》、《約束》、そして《願い》。
 ……願い、なんだろう。俺の手に現れる剣は、《ナイト》の願いの形、死してなお残る想い……それは、《ナイト》の魂そのものなのかもしれない。
 最初に一度だけ見たあの夢。誰かを守ろうと、強く決めた気持ち。それがそのまま、あの剣に込められているような気がした。
 夢の中。俺の、ていうか、《ナイト》の目の前にいたのは、女の子だった。夢の中身はとにかくあいまいで、背景どころか女の子の姿かたちもよくわからなかったけど、小学生くらいの子供だったと思う。《ナイト》はその子を守ろうと思っていた。守りたいと願っていた。……もしかしたら《姫》だったのかもな。可能性としてはありうる。
 とにかく、城井の呪文をそのまま捉えるなら、誓いも、約束も、願いも、《ナイト》にとってとても大事なものだったんだろう。死んで、それでもなお、残り続けるほどに。
 ――俺もだ。俺も、どうしても守りたいものが、ある。
 顔を上げて、みんなを見た。相変わらず遠いけど……声が届くなら、きっとそれで充分なんだ。

「一ヶ月ちょっと前の帰り道で、俺は初めて城井に会った」

 そう切り出して、その時の出来事を話した。つまり、《ゴル・ウルフ》という狼に似た姿をした《魔獣》という存在に遭遇したこと、俺の中に眠っていたもう一つの魂を城井が起こしたことだ。

「もう一つの魂、って……」

 林田が困惑した様子で繰り返して、俺は説明が全然足りてないことに気がついた。
 そっか、もうその時点で意味不明だよな。そういえば、俺が城井から話を聞いたとき、城井は悩んだ末に「異世界の存在」についてから話を始めていた。説明順序って難しいな。
 立て続けに、城井から聞いた内容……異世界のこと、その異世界からやってきた《ウィザード》のことと、そいつがこの世界に持ち込んだ二つの魂のことについて説明した。
 一通り話し終えてみんなの様子を観察してみると、例外なく唖然としてた。だよな、そう反応するしかねーよな。

「で、俺はそのうちの一つ、《ナイト》の魂と融合してたってわけだ」
「城井さんも?」
「城井のほうは《ウィザード》だ」
「じゃあ、もう一つの魂は?」

 即座に疑問をぶつけてきたのは高坂だった。すげーな、高坂。俺は話を聞いたとき、残る一つの魂については気にする余裕がなかったってのに。

「……城井と俺は、《姫》って呼んでる」
「《姫》?」
「ああ。……詳しいことは、そういや俺も知らねーな。一応、《あっち》の王様の末の娘で、ちょっと普通じゃない力を持ってるって話だ」

 そういえば、《姫》って、《ナイト》や《ウィザード》にとってどういった存在だったんだろう。そんなこと、深く気にしたことなかった。ただ、城井が《姫》を守りたがってるから、きっと《ナイト》たちにとっても守りたい存在だったんだろう、っていう、そんな漠然としたイメージしか持っていなかった。
 そもそも、どうしてこの三人が《こっち》に出てくることになったのかも、俺は知らないんだな。《姫》の魂が狙われてることは理解してる。けど、その前の話は、全然知らない。三人がどんな風に出逢って、どんな時間を過ごしていたのか、俺は知らない。知らなくてもいいんだろうけど……ここまで来ると、やっぱり気になってくる。後で城井に聞いてみるか。

「《姫》に限らず、王族は何かしら不思議な力を持ってて、そのせいで魂を狙われることがあるらしいんだ。聞いた話じゃ、その魂を食えば寿命が百年延びるとかなんとか」
「そんなことできちゃうんだ……」
「びっくりだろ? 俺もびっくりした」

 呆然とつぶやく梶に、笑って返した。そういや俺、最初にその話聞いた時は気持ち悪いって思ったんだよな。ほんの一ヶ月ちょっと前のことだってのに、妙に懐かしい。

「みんなが今日見たのは、《ゴル・イーグル》っていう魔獣らしい。詳しいことは俺じゃなくて城井に聞いてくれ。あいつは俺も今日初めて見たんだ」
「……さっきから聞いていると、井澄の話は城井から聞いた話がメインなんだな」

 葉狩の言葉に、「まあな」と頷く。

「城井には《ウィザード》の記憶があるからな。俺は剣が使えて……あとちょっと《風》の魔力があるってだけで、《ナイト》の記憶はほとんど見たことがねーんだ」
「え……?」

 疑問の声をあげたのは、林田だった。

「どした? 俺なんか変なこと言ったか? ……いや、変なことしか言ってねーんだけどさ」
「うん……変って言うか、違和感っていうか……」

 林田は苦笑して、俺は首を傾げた。俺以外にも、何人か首を傾げている。

「話の流れからすると、その魔獣ってやつは《姫》を狙ってるんだろ?」
「話が早いな」

 林田は理解能力が高くて助かる。って、これ城井の口癖じゃねーか。

「だから、井澄と城井は《姫》を守るために戦ってたのかな、と思ったんだけど……井澄には《ナイト》の記憶はないんだよね?」
「ああ。ちょっとくらいは見たはずなんだけどな……それもあんまりよくは覚えてねーんだよ」
「となると、城井はともかく、井澄が《姫》を守るために戦うっていうのは、すごく違和感があるなぁ、と思って」

 林田、見事な推理だ。点数でいえば八十五点くらいはやれそうだ。なるほど、と頷くみんなを見て、俺も苦笑する。

「まあ実際違うしな」
「やっぱり?」
「おお。城井は確かに《姫》を守るつもりでいるみたいだけど、俺は《姫》が誰か知らなかったし。《ナイト》が《姫》を守ってたとしても、俺には関係ねーからな」

 とはいえ、ちょっと事情は変わってきてるけどな。こうなるとほんとに、関わることを決意した過去の自分を誉めてやりたくなる。

「じゃあ、井澄はなんで城井と一緒に戦ってたんだ?」
「…………」

 直接の理由を、ここで言うべきかどうか、悩んだ。《ゴル・ウルフ》のことを馬鹿正直に白状するのは、いたずらにみんなの恐怖を煽るだけのような気がした。城井もそう考えたからこそ、最初の説明で俺になにも言わなかったんだと思う。

「……井澄くん。《ゴル・ウルフ》っていうのは、狼のようなものなのよね?」
「え、はい……」

 監督がじっと、俺を見る。まるで、逃がさない、と言われているみたいだ。

「体長は人間の倍以上、二足歩行で鋭い爪と牙を持つ。……合ってる?」
「……はい」

 並べられた特徴は、俺が説明したものそのままだ。俺が頷いたのを確認して、監督は緊張感溢れる笑みを深く、深くした。

「なにを食べるの?」
「っ……」
「狼は肉食だよね。それは《ゴル・ウルフ》も一緒かしら。体が人間の倍以上、なら……」
「…………」
「人間、食べるよね?」

 監督怖ぇ! マジで怖ぇ! なんでそんな鋭いんだ!
 ざわり、と動揺するみんなの前で、迷ったのは数秒だった。俺はすぐに白旗を振る代わりにでかいため息を落とし、説明することを選択する。

「……《ゴル・ウルフ》の活動時間は午後九時前後くらいから翌日の午前三時頃までだって、城井が言ってました。その間に運悪くあいつらに遭遇したら、普通、食われます」
「ひっ……」
「やっぱりね」

 ひきつった悲鳴は決して一つじゃなかった。見渡せば青ざめた顔ばかり。監督の口元は笑みを浮かべるように歪んでいるけど、顔つきは厳しいもので、やはり色はよくない。

「……ってことはもしかして、例の猟奇殺人の犯人はその《ゴル・ウルフ》だったりするのかな?」
「……大当たり、です」

 よく知った事件の話に繋がって、急に現実味がわいてきたんだろう。みんなの動揺がより一層濃くなる。俺はただ、それを見守る。そのざわめきを沈めるための言葉を、俺は知らないから。

「なるほど……。つまり井澄くんは、そのことを知って、戦うことを決めたんだね?」
「はい」

 監督の見事な解答に、俺はただ頷くしかなかった。頷く以外にすることがなかった。

「……ここのところ、練習中に集中力が途切れがちだったのも、そのせい?」
「……それについては、何度でも謝ります。すみませんでした!」

 がばりと頭を下げると、監督は苦笑して、「もういいよ、事情はわかったから」と言ってくれた。ついでに「ただし、終わったらびしばししごくからね!」とのおまけつきだった。……覚悟しとこ。



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