第4話 願いと魂
08 封印の鍵
「御端……っ!?」
怒りに似た表情で身を乗り出す間壁の前に、真嶋が立ちふさがる。
「やめとけよ、間壁」
「どけ、真嶋!」
「どかねぇ。御端が決めたことなんだから、手ぇ出したらダメだろ」
「っ……くそ!」
俺も城井も御端も、口を挿めない短い攻防だった。
男前だ、真嶋。お前かっこいいよ。俺はどうしていいか、いまだにわかんねーのにさ。
「井澄くん」
城井が俺をゆらゆらと手招くので、俺はその隣に移動してしゃがんだ。
「なんだ?」
「うん……実はね、御端くんには、二年前に封印をかけてるんだよ」
「封印……?」
聞き慣れない単語が飛び出してきて、首を傾げる。城井は頷いて続けた。
「《姫》が、なにかの拍子に起きないように。《姫》の気配が、外に漏れないように……。でね、封印を施す場合は、あらかじめ解除用の《鍵》を設定しておくものなの。その鍵にね、《ナイト》の行動が設定してあるんだよ。だから、《姫》を目覚めさせるのは、井澄くんの役目」
「呪文とかいらねーの? 俺のときはあっただろ」
「即席だったけどね」
「マジか」
「魔術の詠唱なんて、結構即席で、どうにかなっちゃうものだからね」
即席……だけど、だからこそよりストレートにキーワードが浮かぶ、ということだろう。たしかに、あの時の詠唱はわかりやすかった。
「封印の鍵は、設定に関して、これといった制限がないの。特定の呪文だったり、行動だったり、ね。《姫》の封印に設定した鍵は、呪文じゃなくて、行動のほう」
「ふーん……それで、俺はなにすりゃいいんだ?」
城井がさらにくいくいと手招きするので顔を寄せる。そして、城井が耳元で小さくささやいた、その内容に。
「っ、な、に考えてんだお前ー!!」
俺、絶叫。
なんだそれありえないほんともう誰かこいつどうにかしてくれ! 殴りたい! 今すっげーこいつ殴りたい! でもこんなへばってるやつしかも女を殴れねぇ!!
作った拳が震える。それを無視している城井は、どうしようもなく平然と口を動かす。
「だから、起こす気なかったんだよ。こんなの、ほんとに偶然の偶然でなきゃ起こりえないだろうことだから、ちょうどいいかな、と思って」
「ちょうどいいかな、じゃねーよ! ほんとねーよ! それ、俺にも御端にもダメージでかいじゃねーか!」
「あ、もしかして、はじめて? ごめんね。まあこれは、ノーカウントってことで」
「そういう問題じゃねーだろ! なんっで俺なんだよ! お前やれよ! そうだ、お前やれ! お前ならちょうどいいだろ問題ねーだろ!」
「ムリムリ。《ウィザード》じゃ、《姫》、絶対起きてくんないもん」
「なんなんだよくっそー!!」
運命の神様っていますか。いたらぶん殴っていいですか。こいつの代わりに五発、いや十発くらい殴らせてくれ。
あ、でも運命の神様も女ですなんてオチはやめてほしい。ほんとマジで。
「い、井澄、くん……?」
呼ばれて振り向く。御端が不安そうにこっちをじーっと見ている。その視線に良心がじくじくと痛む。まだなにもしてないんだけど、なんかすげー居たたまれない。
別に俺が悪いわけじゃないんだ、城井が悪いんだ。これは責任転嫁とかかっこ悪いことじゃなくて純然なる事実だ。
そう自分に言い聞かせても、到底納得できない。
「御端くん自身が望んでんだから、逃げるのはなしだよ」
「……くっそ……お前なんで女なんだよほんと」
殴りたい。十発なんかじゃ物足りない、百発くらい殴ってやりたい。殴れないのをわかっているからこそ余計殴りたい! でもできねー! なんだこれジレンマってやつか!?
やり場のない怒りを抱えるが、御端が待っている。不安そうに俺を見ている。
くそ、わかってるよ。御端が「いい」って言ったんなら、俺がどうこう言える問題じゃねーよ。
でもこの方法はないだろほんと、ないない。城井が俺にだけ耳打ちしたのも、御端に届いたら絶対逃げ出すからだ、この卑怯者め。
「……御端。ほんっとにいいんだな?」
「うんっ! 俺、知りたいし……それに、できることがあるなら、やりたいよ!」
御端に俺から教えてやろうかとも思ったが、そんな力強い眼で、そうまで言われたらさすがに言えねーだろうが。
腹、括れ。
「……あーもう! 御端、ごめん! 後で殴っていいからな!」
「え……?」
俺は御端の左手首をとり、ぐっと引き寄せ。
キスを、した。
「えぇ~!?」
湧き上がった驚愕の声は、一つや二つじゃなかった。たぶん一番叫びたいだろう御端は、なにも言わない。俺に口をふさがれてんだから、言えるわけがない。
……つかこれ、いつまでこうしてりゃいいんだよ。《姫》が起きるまでか? 起きたら俺にもわかるのか?
そういや、キスなんて初めてした。こんな、口と口をくっつけるだけの行為、どうして世の恋人たちはしたがるんだろう。あー、でも、人間の唇ってやわらけーんだな。あったかいし。
……思考ずれた。しっかり、俺。逃避してる場合じゃないぞ、俺。
「……」
「っ、おい、御端!?」
御端の体から力が抜け、その体を俺がとっさに抱える。見れば、御端は目を閉じて体から力を抜きぐったりとしていた。
げ、これ俺のせいか!?
「城井! 御端気絶しちまったぞ!?」
「井澄くん、うろたえすぎ」
苦笑する城井はいつもどおりで、なんだか焦っている俺のほうがおかしいんじゃないかと思ってしまうくらいだった。
……いや、おかしくないよな、俺の反応普通だよな!?
「御端くんは今、《姫》の記憶を見てるんだと思うよ」
「記憶を……?」
「うん。私のときも、一度意識を手放してたし……。もともと、《ウィザード》と《ナイト》の魂に反応してて、封印さえなかったら、とっくに、自然に起きてても不思議じゃない状態、だったからね。《ナイト》のキスで、最後の枷もはずれたから……抑制されてた分、勢いよく御端くんの中に、流れ込んじゃってるかも、しれないけど」
御端も城井同様、魂を記憶を見ているらしい。と、いうことは……。
「……俺だけ記憶なしかよ」
「もしかして、魔術で無理矢理起こしたせいで、《ナイト》の記憶、吹っ飛んじゃった、のかな」
「絶対そうだろ」
まあ、どうしても見たい、ってものでもないから別にいいんだけどさ。いちいち城井に説明してもらわなきゃわからないってのは、それなりに不便だ。城井の負担にもなるし。
「御端、重くない?」
「あ、いや、……それなりに?」
御端と俺、体重あんまり変わらないからな。俺の方がちょっと背が高い分体重もあるけど、ほんとにそんなに変わらない。軽いか重いかと聞かれれば、そりゃ重いに決まってる。けど、思ってたより重くない気がする。
林田に聞かれて、抱えていた御端を見る。よくよく見てみれば、あんまり顔色がよくない気がしてきた。《ゴル・ウルフ》の影響で、ここんとこみんな体調万全とは言い難い状態だったしな。御端、もしかしたら体重ちょっとくらい減ってるかも。……間壁には黙っとこ。怒り狂いそうだ。
「そのままじゃ辛いよね」
「まあな……つっても床に寝かすわけにもいかねーし……」
「イス並べて、その上に寝かせたらどうかな」
「そだな」
決まれば、後の行動は早い。真嶋やら寺本やら仲町やらが率先して、御端を寝転がすことができるだけのイスを並べていき、みんなでそこに御端を寝かせた。
「御端、どのくらいで起きるかな……」
「夜までに起きなかったら、起こす。《姫》の記憶は、最後まで見る必要はないからね」
「そうなのか?」
「必要なのは、《姫》の力の使い方だけで、後はぜーんぶおまけ」
「なるほどな……」
なら、と俺たちはしばしの休息にはいることにする。みんな精神的に疲れただろうし、俺もなんだかものすごく疲れた。一番疲れているのは城井だろう。あの《ゴル・イーグル》以外とも戦ったんだろうし、その後そのまま学校まで自転車で駆けつけてきたのだから、午前中の部活を終えた俺たちより疲労は激しいかもしれない。
ここで休ませてやれないのは、心苦しいけど。
各々、好き勝手に居やすいように机やイスを動かす。その音に城井の小さな声が混じったような気がしたけれど、なんと言っているのかまでは聞き取れなかった。振り向いてもみたが、城井はぼんやりと俺たちから視線をそらしている。たぶん、ただの独り言だったのだろう。
「……最後まで見ないほうが、いいのかもね」