TopText姫とナイトとウィザードと ~ナイトの章~

第4話 願いと魂
09 姫とナイトとウィザード



 ぐう、と遠慮なんぞ知らないと言わんばかりの誰かの腹の虫が鳴った。

「腹減ったー!」

 真っ先に騒いだのが真嶋だから、たぶん犯人は真嶋だったんだろう。だけど、空腹を抱えているのは真嶋だけじゃない。

「そういえば、昼休憩に入ったとこだったんだよな」

 真嶋の訴えに、俺を含めみんなが空腹感を思い出す。いろいろあっったから、意識から遠ざかってしまっていたんだろう。

「城井さん、動くとまずいかな?」

 城井に聞いたのは高坂だった。城井はぼうっとした視線を高坂に向け、少し時間を置いてから答えた。

「えぇっと……いや、みんなは、平気。私と井澄くんは、あんまり動くと、気づかれるかもしれないから……」
「そっか。じゃあ私たちがお弁当取りに行ったりするのは問題ないんだね?」
「うん」

 高坂はみんなに向かって、「お弁当取りに行こう」と声をかける。俺はその様子を横目に確認して、城井の隣にしゃがんで問いかける。

「おい、ほんと大丈夫か?」
「がんばる、よー」

 ぜんぜん大丈夫そうに見えない。イスに縋りつくようにへばったまま力の篭ってない声でそんなこと言われても説得力ゼロだ。とは言え、現状ではそう答える他ないんだろう。俺が城井の立場でも、多分そうしていた。

「井澄の分も取ってきてやるな」
「おお、サンキュ」

 寺本の心遣いに感謝して。
 俺は、俺と城井と眠っている御端だけになった教室で、少しだけ考えて。

「城井、話をするのは眠気覚ましになるか?」
「しないよりは、ねー」

 城井からその返事を得て、俺は「じゃあ、」と続く。少し気になっていて、でもいろんなことに流されて聞けずにいたことは、たくさんある。今誰もいないし、聞けるだけ聞いてみようと思う。

「聞きたいことがさ、いくつかあんだけど」
「ん……なに?」
「《ゴル・イーグル》さ、口からなんか出して攻撃してきやがったんだけど。あの攻撃、なんか名前とかあんのか?」
「うーん……どう、かなー……《ウィザード》も、《ゴル・イーグル》については文献で知ってた、だけなんだよねー……目撃情報も、ほとんどなかったし……」
「じゃあもう火炎黒球でいっか」

 遠慮なく(仮)をはずす。城井が力なく、「あはは」と笑う。

「名付けちゃったの」
「考えるときめんどくさかったんだよ」
「まあいいんじゃない? 火炎黒球ね……ふふ、じゃあ、私もそう呼ぼうっと」

 よし、疑問その一解決。次、その二。

「魔獣って昼でも活動できるんだな」
「そうみたい、ね……夕方から活動する可能性、は、知ってたけど……真昼間っから来るなんて、正直、思ってなかったよ……」
「だよな。でもさ、昼間でも動けるんなら、なんでいつもはそうしないんだ?」

 疑問を重ねると、城井は「うーん」と首を斜めにする。

「そうだな……電話でも言ったけど、太陽の光が、苦手なんだとは思う。《あっち》での目撃情報、も……いつも、日が暮れてから、だったし……あとは、たぶん、時間制限……」
「時間制限?」
「活動時間が、なんでご丁寧に区切られてる、のか……考えてたんだけど……たぶん、《あっち》の存在は、《こっち》では、長時間は活動できない」
「なんでそう思うんだ?」
「……《ウィザード》、が……そう、だった。《ウィザード》は、《こっち》に来て、一日くらいで、消えたの……まるで、魔獣みたいに……」

 驚いて、言葉が出なかった。
 そんなの、初耳だ。

「魔獣にとっての制限時間が、実際にどの程度なのかは、わからない……けど、そう長くはない、はず……」
「……いや、待て。それはわかったけどさ。それ、昼間に出てこない理由にならなくね?」
「昼間のほうが、制限時間は短くなると、思うけど……」
「それだけか?」
「………………一つ、思い当たることはある。けど、言いたくない」

 その言葉を言い切ってから、城井は口を引き結んでしまった。表情が不快感に歪んでいるあたり、相当嫌な理由なんだろう。かつ、俺が知る必要性はないのだろう。なら、俺が無理に聞き出すこともない。
 話変えよ。
 疑問その三……。

「なんで御端の封印の鍵、《ナイト》の……その、キスにしたんだ?」

 あ、キスって単語口にすんのなんかすっげー恥ずかしい。なんだこの感じ、体の奥がむずむずする。真嶋とかとエロイ話すんのは平気なんだけどな。話してる相手が女だからか?
 城井が五秒ほどきょとんとした顔で俺を見るが、やがて察してくれたらしく、「ああ」とこぼした。

「そっか……そういえば、井澄くんに、《ナイト》と《姫》のことって、話したこと、なかったね」
「ああ」

 俺には《ナイト》の記憶がない。だから、《ナイト》にとって《姫》がどういう存在だったかも知らないし、《ウィザード》とどんな関係だったかも知らない。知らなくていいと思ってたけど、聞けるんなら聞いておきたい気がしてきた。なんでかわからないけど。

「ついでだからさ、《ウィザード》と《ナイト》と《姫》、どういう繋がりがあって今にいたるのかも聞かせてくれよ」
「んー……そうだね。井澄くん、その辺ぜんぜん、知らないんだもんね……。えーと、どこから話そう……。一番古い話は、《ナイト》と《姫》の、馴れ初めなんだけど……」
「どんな?」
「ちっちゃい頃、お城を抜け出した《姫》が、誘拐されそうになったところを、《ナイト》が助けて、一緒に遊んだ、って」
「……なんか、すごいベタな展開だな」

 その続きは、聞かなくてもなんとなくわかるような気がした。

「で、恋しちゃったわけです。ぱんぱかぱーん」
「わけのわかんねー効果音つけんな!」

 やっぱりか!
 まあなんとなくそうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりか!
 あらためて聞くと恥ずかしいなそれ!

「けど、それから九年くらい、二人は再び会うことは、なくて……」
「長っ……」
「そこで《ウィザード》の登場、となるわけ」
「なんで?」
「《ウィザード》と先に関わりを持ったのは、《姫》のほうだった……。仕事の依頼に、来たんだ。ある少年を、探せないか、って……」
「……《ナイト》、か?」
「そう……。《姫》はね、しょっちゅうお城を抜け出して、《ナイト》のことを探してたんだけど、見つけられなかったらしいの……。まあ、たぶん《ナイト》は、道場に入り浸ってたんだろうね……」
「道場?」
「武術訓練場、みたいな感じ、かな……。騎士団の団員には、道場の出身が多くてね……。だから、騎士団員がうろうろしていそうな道場には、《姫》は近づけなかっただろうね……。見つかったら、お城に連れ戻されちゃうもん……」
「なるほど……」
「で、《ウィザード》のところに来たわけなんだけど……。まあ、情報がなさすぎてね……さすがにお手上げだったんだけど……。そのことをきっかけに、《ウィザード》と《姫》は茶飲み友達になったの……」
「……え、それいいのか? お姫様と魔術師が茶飲み友達ってなれるのか?」

 ふいに湧いた疑問を口に乗せると、城井は楽しげに、くすくすと笑った。

「ほんとはありえないね……。まあ、《姫》って、そういう意味では、とても型破りなお姫様だったんだよ……」
「へぇ……」

 姫って響きから、なんかこう、それっぽいものを想像してたんだけど。どうやら俺たちの……じゃなくて、《ナイト》たちの《姫》は、そういう一般的なイメージからは離れた人物だったようだ。

「そんで、《ウィザード》と《ナイト》が出逢ったのは、その半年後、くらいかな……。騎士団に、見習いとして所属した《ナイト》が、団長さんのお使いでやって来たんだ……。そこから、まあ……紆余曲折あって、《ウィザード》と《ナイト》も茶飲み友達っぽくなったんだよ……」
「……おい、なんかいろいろ省いただろ、今」
「んー……いいじゃん……。特に重要じゃないよ……。たぶん……」
「たぶんかよ……」

 ため息混じりに呟きをこぼす。ちょっと気になるところではあったけど、城井に言う気がなさそうなので素直に諦めることにする。たぶん言葉通り、城井的に《ナイト》と《ウィザード》の紆余曲折はさほど重要じゃないんだろう。別に軽い説明でいいのに……こいつ、意外と面倒くさがりだな。

「それからまた、半年くらい経った頃、かな……。《姫》に任務が与えられてね……。様子がおかしい、ある森の調査に出かけることになったの……」
「へぇ……。お姫様もそういうことするんだな」
「まあね……。《姫》の場合、ちょっと問題あったんだけど……」
「問題?」
「……本来はね、そういった調査任務には、騎士や魔術師で、グループを作って出向くんだよね……。王族は飾りっていうか、象徴みたいな扱いになるのが普通、なんだけど……。《姫》は、兄姉との折り合いが悪くって……騎士団の団員と、お城に仕えてる魔術師や、ギルドって呼ばれる、魔術師の統括組織の力を、借りれないよう、根回しされちゃったんだよ……」
「……なんだよ、それ。兄姉なんだろ? なんで邪魔すんだよ」
「んー……《姫》はね、王族や貴族には落ちこぼれ扱いされてて……王族は特に徹底してたっぽいんだよね……。元の性格がどうあれ、そう教育されちゃったんなら、まあ、仕方ない結果じゃないかな……」
「……納得いかねぇ。ただのイジメじゃねーか、それ」
「まさにそうなんだけどね……。まあ、それで、お城とは直接あまり関係ない、個人的に親しい魔術師である《ウィザード》に、同行を依頼してきてね……。で、騎士団員を借りられないことを聞いた《ウィザード》が、まだ見習いの《ナイト》に声をかけて、三人で森へでかけたの……。そうやって、《姫》と《ナイト》は再会したんだよ……」
「……《ウィザード》が仲取り持ったみたいになってんだな」
「あは……あながち、間違いではないかも……」

 くすくす、と笑う城井は、どこか懐かしそうに見えた。

「最初は、そんなつもりなかったん、だけどね……。見てたら、もうじれったくて……。特に《ウィザード》は、唯一両方の気持ちを知ってるって立場にいたから……。《姫》は、《ナイト》が好きだけど、《ナイト》はきっと自分のことなんか覚えてないだろう、って言う……。《ナイト》は、《姫》が好きだけど、もっと強くなってから会いたい、って言う……」
「……じれったいな、そりゃ」
「でしょう……? だからね、二人はお互いの気持ちは、知らなかったんだよ……。両片思いってやつですなー……」
「……いつできたんだその日本語……」

 城井が言うにはつまり、《ナイト》も《姫》も、お互い片思いだって思いこんでたってことらしい。
 想うと、少しだけ、胸が痛んだような気がした。

「……結ばれなかったのか?」
「……うん。二人とも、お互いの気持ちは、最後まで、知らないままだったよ……」

 なんとなく、胸に手を当ててみる。なんの変哲もない自分の胸だ。特に目立っておかしなところなんてない、俺の体。けど、この中に、《ナイト》の魂がある。俺の魂と融合してって形らしいが、とにかくあるんだ。《ウィザード》の魂は城井の中に、《姫》の魂は御端の中に。
 魂だけ、ここにある。
 三人の人生は、《ウィザード》が《こっち》にやってきたっていう十一年前に、終焉を迎えているんだ。

「まあ、想いが通じ合っても、大団円ってわけにはいかなかっただろうけどね……。王族は、自国の貴族か、他国の王族と結婚するのが普通だったし……対して《ナイト》は、騎士を目指しているだけの一般市民にすぎなかった……。たぶん、そのうちに周囲が勝手に、《姫》の結婚相手を決めることになってたんじゃ、ないかな……。二人が一緒になるには、駆け落ちでもしないとダメだったかもね……」
「あー、そっか。めんどくせーな、身分ってのは」
「ほんとにね……」

 どうも《あっち》ってのは、俺には想像の及ばない世界のようだ。お互い好きなのに、想いが通じ合っても祝福されない。場合によっては引き離される。そういうことは現代日本でも起こり得ることだろうけど、好き合ってる者同士が引き裂かれるなんて納得できないし、そういう相手がいないもんだからいまいちピンとこない。
 静かな寝息を立てている御端に視線を向ける。
 ――守りたいもんがある。
 御端だって男だから、そんなの嫌かもしれないけど。俺は御端のこと、守りたいって思ってる。今の俺の日常にとって御端の存在は欠けちゃならないものだ。御端が消えた日常風景なんて、想像したくもない。
 俺はキャッチャーやってる間壁みたく、試合中に御端の様子をいちいち気にとめてやることはできないけど。
 真嶋みたく、少ない言葉で御端を理解してやることもできないけど。
 御端には、笑っててほしい。
 怒るなとも、落ち込むなとも、泣くなとも言わない。生きてる時間全部笑ってるとか、そんなん無理だし。笑ってるだけってのもなんか怖いし。
 ただ、どんなことがあっても、最後には笑っててほしい。幸せに、なってほしい。
 ……《ナイト》も、そんな風に思ってたんだろうか。
 もし、そんな風に思ってる相手が、望まない結婚を強制されたなら。
 俺なら、連れ出す。その手をつかんで、引っ張ってく。そいつが幸せになれるところまで、連れていく。
 ……お前ならどうする? 《ナイト》。

「……って、ちょっと待て。おかしくね? おかしくね!? 結ばれてもねーのになんで封印の鍵がその……キス、なんだよ!?」
「結ばれてないからこそっていう発想はないんだね……」

 あ、そっか。そういう考え方もできるんだな。

「……井澄くんって意外と単純だね」
「なんだよ唐突に。御端や真嶋ほどじゃねーと思うけど」
「はは……比較対象そこなんだ……。気にしないで、なんとなくだから……」
「ふーん?」

 なんなんだ?
 首を傾げるけど、城井は今の俺の疑問には答えてくれなかった。

「……まあ、それに、よくあるじゃん……。眠りについたお姫様は、王子様のキスで、目が覚めるんだよ……」
「あー、なんかそんなおとぎ話あったな。でも、《ナイト》は王子じゃねーだろ、《ナイト》なんだから」
「王子だよ。少なくとも《姫》にとっては……たった一人の、最初で最後の、王子様だったんだよ……」
「……そんなもんか」

 なんつーか、乙女的思考っぽいな。俺にはよくわからない。
 そしてそれでキスするはめになった俺と御端にとっちゃいい迷惑だ。……後でちゃんと御端に謝っとこう。

「……なあ、《ナイト》と《姫》は相当無茶しないと結ばれる可能性はなかったんだろ? そんなの応援しちゃって、《ウィザード》は大丈夫だったのか? なんかこう、処罰される可能性とかなかったのか?」
「ばれれば、あっただろうけどね……。でも、そんなのどうでもよかったんだよ……。大事な友達に、幸せになってほしいと思うのは、当然でしょ……?」

 答えてから城井は、ふとおかしそうに笑った。

「そういえば、最初は苦手だったんだよね、《ナイト》のこと……」
「え!?」
「驚くほどのことじゃないよ……。ほら、人間、自分にないもの持ってる相手には、惹かれるか、反発するか、どっちかじゃない……。《ナイト》がうらやましいんだって認めたら、好意を持てるようになったんだよ」
「ああ……」

 それはわからなくもないかも。俺にとっては真嶋みたいなもんだな。いや、別に真嶋に反発した記憶はないんだけど。自分が持ってないものを持っている。それが悔しくて、どうしようもなくうらやましいと思ったことは、まだ出逢って一年と経ってないって言うのに、もう両手なんかじゃ足りないくらいだ。
 城井は両腕を重ねるようにして、その上に顎を乗せる。目を閉じて、夢心地のような穏やかな表情で、語る。

「《ナイト》がうらやましくて、でもそれ以上に、まぶしかった……。ちょっと悔しかったけど、幸せであってほしいって、心の底から願ってた……。《姫》と《ナイト》が並んで、幸せに笑ってる姿を見るのが、私の小さな夢だったんだ……」
「っ、ストップ城井!」
「え……」
「今、混じった」
「……え、混じった?」
「おお」

 短い指摘だったけど、城井にはちゃんと通じたらしい。城井は「あちゃー」と困った顔をして笑った。

「なあ、お前、ほんとに城井か? 《ウィザード》じゃねーのか?」

 城井は、自分がいろいろ知っているのは《ウィザード》の記憶を見たからだと言った。それは、城井がそう言っているだけで、証拠はなに一つない。もし……もしも、二年前の事件の時に、《城井灯子》を《ウィザード》が乗っ取っていたのだとしても、それを知る人間は誰もいない。
 探るように視線を送る俺に、城井は苦笑した。

「……そんなんじゃないよ……。私は私、《城井灯子》……。ただね、《ウィザード》の記憶を、《ウィザード》の視点で見たから、どうしても《ウィザード》に感情移入しちゃうんだよね……。頭では、自分の記憶じゃないってわかってても、気持ちがついていかないんだ……。今私の中にある《ウィザード》は、《ウィザード》の魂に刻まれた記憶と、《ウィザード》の想い……。《ウィザード》の意思は、すでにないんだよ……」
「……ほんとか?」
「御端くんが起きたら、きっとわかるよ……」

 御端。
 そうだ、御端。
 御端は今、二年前に城井が《ウィザード》の記憶を見たように、《姫》の記憶を見ているらしい。御端とは春からつきあいがある。それほど知っている仲じゃないけど、城井ほど知らない仲じゃない。
 御端が御端じゃなくなったんなら、たぶんわかる。
 でも、そんなこと、あってほしくない。

「……御端が御端じゃなくなってたら、たとえ女でも殴るからな」
「いいよ……」

 それは自信なのか、それともまったく別のなにかなのか。城井の笑みは崩れなかった。



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