TopText姫とナイトとウィザードと ~ナイトの章~

第4話 願いと魂
11 作戦会議



 弁当を食べ終えた者から順に片づけていく。全員が終わって一息ついたのを見て、コバセンが口を開いた。

「それで、この後はどうするのかな?」

 たぶん、みんな気になっていたんだろう。この状況をどうやって脱出するのか。どうやって御端を守りきるのか。俺も、詳しいことはなにも聞いていないしな。だから、視線が再び城井に集まる。城井は、もう驚くことはなかった。
 疲れの取れきっていない表情で、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「……《姫》のもとに、《ナイト》も、《ウィザード》も揃っている以上、相手がなにもしてこないということは、ないでしょうから……応戦するしか、ありません……」
「井澄くんと城井さんで?」
「……そう、したいんです、けど……」

 城井が言葉をさまよわせた。
 なにを悩む必要があるのか、俺にはわからなかった。応戦するってんなら、するしかないだろう。向こうとしちゃ、せっかく《姫》を見つけたんだから、このまま引き下がるとはとてもじゃないが思えない。本人が出てくる、という可能性は城井曰く低いらしい。また魔獣を送り込んでくるのか、まったく別の手段で来るのかはわからないが、とにかく戦うことは決定事項なのだ。

「……《姫》には、戦うための力がありません。……だから、誰かが護衛につかなきゃならない……。実質、応戦できるのは私か井澄くん、どちらか一人なんです……」

 ああ、そっか。そりゃそうだな。で、護衛にどっちが適してるかなんだが、これももう決まりきってんな。

「なら、城井が護衛だな。そもそも《ウィザード》は魔術師なんだから、前衛じゃなくて後衛向きだろ」
「…………でも、それは……」

 城井は暗い顔で渋るけど、それ以外に選択肢はない。コバセンも、監督も、「だろうね」と頷いている。
 俺は城井の隣に移動し、しゃがみこんで目線を合わせた。

「御端を守るんだろ」
「…………」
「俺も御端を守りたい。だから、お前に任す」
「…………」

 城井は頷かない。なにがそんなに城井を躊躇わせているのか、俺にはわからなかった。

「あのさ」

 声をあげたのは、やっぱりというかなんというか、真嶋だった。
 今度はなにを言う気だ、天然。はらはらした心持ちで俺含む全員が真嶋の言葉を待つ。

「俺たちがここにいんのは御端が心配だからだけどさ。ここで俺たちが帰ったら、それはそれでまずいんだよな」
「……まあ、もしかしたら、の可能性だけど」

 ほんとこいつ、馬鹿で単純なんだけど、聡いよな。
 御端のことがあるから自然とみんなここにいるけど、誰かが帰るって言い出したら、俺も城井も止めるだろう。
 ここにいる全員、《ゴル・イーグル》に顔を見られた可能性が高い。《ゴル・ウルフ》は探索用に放たれていたっていうんだから、そこから《あっち》にいくらか情報が伝達されてるはずだ。《ゴル・イーグル》は違うなんて、誰が言えるだろうか。もしみんなが狙われるようなことになったら、そんで全員がバラバラの場所にいたりしたら、俺と城井だけじゃ対処しきれない。だから、せめて一ヶ所に固めておきたいってのが、俺と城井の考えだ。
 しかし、それを理解していても真嶋に臆する様子はなく。

「ならさ、俺らにもなんかできることねーか?」
「……え?」

 投げつけられた真嶋からの質問に、城井がぽかんと口を開けて驚いた。俺も目を丸くする。

「どうせなら、じっとしてんじゃなくて、俺もなんかしたい。御端を守りたいって思ってんのは井澄と城井だけじゃねーぞ。御端は俺らにとって、大事な仲間だかんな」
「真嶋……」

 やばい、ちょっと感動した。真嶋の言葉に感動するとか俺の感性はもうダメかもしれない。いやいや、でも真嶋だし。さらっと平気ですげーこと言ってやっちまうのが真嶋って男なんだよ。やっぱりすげーよお前、かっこいいよ。……悔しいからぜってー言ってやんねーけど。
 真嶋に同調して、みんなが頷いていく。
 そうだよな……。この状況のきっかけは《ウィザード》たちかもしんないけどさ。もうこれは《ウィザード》たちの問題じゃなくて、俺たちの問題なんだ。狙われてんのは御端で、戦ってんのは俺と城井なんだ。関係ないから手を出すな、なんて言えない。
 御端は、俺たちにとって、大事な仲間なんだ。真嶋たちだって無関係なんかじゃない。

「だから、なんか手伝えることあったら言ってくれ」
「……城井、なんかねーか?」

 いまだに呆然としている城井を促す。城井は少しためらって、口を開いた。

「……ない、ことはない、けど……」
「けど?」
「……やっぱ、ダメだよ、危険だよ……。怪我程度じゃすまなくなるかも……」

 それを聞けば、さすがにみんなの体に緊張が走るし、何人かは顔が青ざめる。けれど、真嶋は一歩もひかない。

「怪我とかは困るけど、御端がいなくなんのはもっとヤだ」
「…………」
「だから、危険でも、なんかあんなら言ってくれ。うまくやれっかはわかんねーけど、やれるだけやってみっからさ」
「……お前ら、みんな同じ気持ちなのか?」

 真嶋以外のやつに、確認する。

「お前らだけに御端任すかよ」
「間壁……。でもまあ、真嶋の言うことはもっともって感じだよね」
「ですね。御端がいなくなるのは嫌ですから」
「まあ、そりゃたしかに、ちょっと怖いけど……」
「俺たちになんかやれることあるんなら、やるよー」
「仲間だからな。見捨てたりなどできない」
「しゃーねーからな!」

 間壁、林田、国枝、梶、仲町、葉狩、寺本……。言葉にはしないけど、高坂も監督もコバセンも、笑顔で俺たちを見守っている。
 ああ、くそ、なんなんだお前ら!
 みんなの気持ちが、言葉が、もうめちゃくちゃうれしすぎて、うっかり涙腺がぶっ壊れそうになるけど、根性でどうにかこらえる。

「……城井、とりあえず、なんかあるなら言ってみてくれよ。無理かどうかは、あいつらが聞いて判断するだろ」
「井澄くん……」

 城井はしばらくうつむいて、迷っているようだったけど、やがて意を決して顔を上げ、真嶋たちを見据えた。

「……戦う力を補助するための魔術なら、あるよ」
「そんなことまでできんのか……」
「《ウィザード》は、《あっち》じゃ有名な、天才魔術師だったんだ……。その術は、なにかの事件に民間人が巻き込まれて、《ウィザード》だけじゃ対処できない時のための、保険にと考えていたもの……。ただ、持続時間は、長くて五分」
「その五分の間、井澄と一緒に戦ったらいいんだな?」

 真嶋の確認に、城井はしっかりと頷いた。

「戦う力っていうのは、たとえば?」
「……魔術を使うための素質があれば、術を一つ……そうでないなら、武器を一振り……あとは、身体能力の引き上げ。ただ、その人の潜在能力を、無理矢理引きずり出すような術だから……後の疲労が半端なくて……ぶっちゃけちゃうと、完成してるとは言いがたい術、なんだけど……」
「いーよ。な、みんな!」

 真嶋の声に、「おう」とみんながそろって頷く。

「……あとは、できれば、御端くんの影武者がほしい……」
「影武者?」
「影武者って言っても、その、御端くんの振りをするわけじゃ、なくて……御端くんの気配がするものを、持っているだけでいいの。みんなが刺客を引きつける間に、私と御端くんは、極力気配を消して、《こっち》と《あっち》を繋ぐ《道》を、閉じる……。だから、私と御端くんは、みんなとは別行動になる、んだけど……その間、御端くんが、みんなのところにいるんだって、思わせられるなら、そうしたい……。相手を騙せるかは、わからないけど……騙せたらもうけもんっていうか。ただ、騙すことができたら、影武者を担当したひとが、一番危険になるから、無理には、」
「私でよければやるよ」

 名乗り出たのは高坂だった。

「ええー!? なんか聞いてる感じ一番危険っぽいよー!?」
「そうだね。でも、そうしないと御端くんと城井さんの危険が高くなるんでしょう?」

 驚く仲町をさらりと流して、高坂は城井を見る。城井はためらいながら、「まあ……」と歯切れ悪く答えた。

「私だって野球部の一員だもん。協力するよ」

 気丈に振る舞ってるけど、体が小さく震えてるのが触れなくてもわかる。危険だってことの意味を理解していないわけじゃないんだ。それでも、いいって、言ってくれるのか。

「……ほんとに、いいの? みんな……」
「だから、やれるだけやってみるって言ってんだろ!」
「寺本、言ったの真嶋だよ」

 城井の確認に大きな声で返す寺本に、苦笑してツッコミを入れた林田。誰ももう、文句なんて言いそうにない。

「私たちも協力させてもらうわよ」
「顧問としても教師としても、ひとりの人間としても、放っておくわけにはいかないからね」

 監督にコバセンまで!
 なんか俺ら、恵まれすぎじゃねぇか!? ほんと泣けてくんだけど!

「っ、ありがとうございます!」

 ……てか、コバセンはとにかく、監督が一緒に戦ってくれるって、それだけで心強い気がすんのはなんでだろう。まあ、監督だしな。

「……ありがとう、ございます」

 城井も、よろり、と力なく立ち上がって、みんなに頭を下げた。



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