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第1話 リデルとシルヴィア
04 お茶の時間



 * * *


 エタニアールの王族には、二つの特色がある。
 一つは、生まれながらに持つ特殊能力。《奇跡の力》とも呼ばれるものだ。王族外の一族から輿入れしてきたお后様を除き国王様のご家族は全員、なにかしら魔術ではかなわない力を有していらっしゃる。
 たとえば、国王様は物質を完全に複製する能力。国王様のこの特殊能力を使えば、私が用意しているお客様専用のカードだってあっという間に完全に複製されてしまうことだろう。シルヴィア姫の兄君は物質の大小を自在にできる能力、シルヴィア姫の姉君は生物に魔術を埋め込む能力。お二人の能力についての詳細は、私も知らない。先生なら知っているでしょうけれど。そして、シルヴィア姫自身はどんなものでも開閉できる能力を有していらっしゃる。
 ……並べ立てると途端に現実味が薄くなるのはなぜでしょうね。
 ちなみに、この特殊能力の存在ゆえ、王族の魂を食べると寿命が百年延びるだとか、その特殊能力を手に入れることができるだなんて伝説が創り出されている。
 真偽のほどは定かではない。試したという者の話も聞かない。
 魂を捕らえるだの食べるだのとなるとその手段は間違いなく魔術的なものになるわけだが、それに関係するような情報が文書として残っているわけでもないので、誰も知らないも同然だ。魔術師には知的好奇心が旺盛な者も多いので人知れず研究している者がいないとは限らないが、魂を扱う魔術は一般常識として外道とされている上、研究することも国の法で禁止が明言されている。見つかればただでは済まないだろう。……最悪、死罪になる。その危険を承知で、その領域に手を出す者がどれほどいるのやら……。
 話を本筋に戻そう。もう一つの特色についてだ。シルヴィア姫にとって問題になるのはこちらである。
 王族は、魔術を扱う上で優れた才能を有する。
 特色と数えられてはいるが、これは絶対ではない。確かに歴史を紐解いても王族は魔術に関して非常に優秀な方が多い。しかし時折、魔術をまったく扱うことができない御子も産まれてくる。
 シルヴィア姫は、まさにそうだった。
 シルヴィア姫の特殊能力である、どんなものでも開閉する能力というのは、エタニアールの歴史上初めて確認されたものだということだった。しかしその代わりと言わんばかりに、姫は魔術を一切使うことができない。
 それだけだ。
 魔術の才能については親子関係による遺伝的な要因が大きいことは事実だ。優れた魔術師の親を持つ子の多くは、魔術の才能に恵まれる。だが、何事にも例外は存在する。たとえ親に魔術の才能があっても子に受け継がれない場合もあるし、親が魔術を扱えなくてもその子は非常に類稀な才能を有するケースも確認されている。
 本来ならば、魔術の才能など、血族の特色として数えられるものでない。単純に魔術が扱える者が多く生まれてくるというだけで片付くことなのだが、エタニアールの王族に関してはそれが当然であるとの認識が濃い。それはおかしい、と指摘する者もいない。いささか奇妙にも感じるが、それがエタニアールという国の常識の一つなのだ。
 しかし、私からしてみれば、たったそれだけなのだ。
 魔術が扱えないという、ただそれだけの理由で、シルヴィア姫は一族の中では落ちこぼれ扱いを受け、血の繋がった兄姉や父母から冷たくされるだけでなく、貴族の方々からも快く思われていない。
 一般市民からしてみれば、魔術が扱えなくても姫君は姫君。身分の段差が大きすぎるため、必要な要素が欠けていようがどうだろうが、とにかく雲の上のお方には違いない、敬い諂う対象には変わりがないのだ。
 しかし、城壁の内側ではそうはいかない。まるで刷り込みのように姫の存在は軽んじられてしまっている。貴族以下の者にとっては、相手は敬うべき王族の一人であり、本来ならば許されるはずのないその態度が許容されてしまっているのだ。
 私は城仕えの魔術師ではないが、以前は城仕えをしている先生とともに城壁の内側の敷地で暮らしていたし、仕事の関係上そこそこの頻度で城を出入りしていることもあって、そういった情報は自然と耳に入ってきていた。
 城内はシルヴィア姫のあるべき場所のはずだ。そうであるはずだ。そうでなくてはいけない。しかしそこは、シルヴィア姫にとってあまりに辛すぎる場所なのだろう。
 私は目の前の少女が魔術を使えない王族のシルヴィア姫だと知っても、態度を大きく変えることはなかった。
 冷たくされることに慣れていた姫にとっては、もしかしたら、それは新鮮な出逢いだったのかもしれない。


 * * *


 シルヴィア姫の訪問は、三日と開けず、前触れなく発生するようになった。別に依頼があるわけでも、それ以外になにかしら用事があるわけでもない。ただお茶を飲みお菓子を食べ、たわいのない話をされるだけ。普通の、たわいのない話をすることこそ、シルヴィア姫がなにより私に望まれていることだった。

「でね、そのあとばあやが庭師のおじさんに頼んでくれて、おじさんが木に登って取ってきてくれたの!」
「それはよかったですね」

 姫がされる話は、日々の本当にたわいない出来事ばかりだ。今は、風でお気に入りのリボンが飛ばされて、城の敷地内で一番背の高い木の枝にひっかかってしまった時の話をされている。
 対して私はといえば、それに時折相槌を打ちながら、ただ姫の話に耳を傾けている。なにぶん、私のほうにはあまり話せるような話題もないので、ほとんど聞き役に徹するしかない状態だった。それでも、仕事以外でこれほど話をする相手は先生以外にいない。新鮮で、なかなか楽しい時間だと思えるようになった。
 その度に捜索活動に出かけなければならない騎士たちには少々罪悪感を抱きますが……。
 姫が初めてここを訪ねていらした日、商店街通りを騎士たちが駆け回っていたのは、つまりそういうことだったのだろう。本当ならば、私は姫を捜索隊に引き渡し、安全にお帰りいただくべきなのだ。しかし、姫と話をしているとそれすら忘れてしまう時がある。そんな自分に気がついて、驚いてしまうこと数回。それだけ姫との話に夢中になっているということであり、自覚しながらも軌道修正しようとしないということは、つまり私はそれを望んでいないということだ。そんな自分を不思議に思う気持ちは、時間が経つにつれてどんどん存在感を失っていき、今はもう、こうしていることが当然のことのようにさえ思える。

「リデルってすごいわよね」
「そうですか?」
「そうよ! 私と同じ年なのに、もう有名な魔術師だし、薬作れるし、なによりこーんなにおいしいお菓子が作れるし! リデルはお菓子職人でもやっていけるわよ!」
「光栄ですが、遠慮します」

 シルヴィア姫と言葉を交わすことにもずいぶんと慣れてきた。本気の賛辞を、小さく笑ってするりとかわせる程度には。
 他者から寄せられる賛辞にはほとんど興味なかったはずなのに、姫からの賛辞は、先生に誉められた時のようなくすぐったさがあって、気のない返事をしつつもそれを受けるのが嫌いではなかった。気恥ずかしいので絶対言いませんが。
 始終明るく振る舞う姫だが、それでも絶対に、家族の話はされない。
 私を気遣っている部分も、なくはないだろう。
 私には、家族とするひとがいない。幼いころ、両親に捨てられたところを先生に拾われ、そのまま御厄介になった身だ。城壁の内側で暮らし、王家の顧問魔術師を務めるウォーレン・ホワイトの弟子の話題なので、あの中では周知の事実となっている。当然、城壁内である王城が生活の基本テリトリーである姫の耳にも届いていることだろう。
 しかし、シルヴィア姫自身の問題のほうがもっと重く、強く、影響を及ぼしているのだと思う。
 家族という、自身が属する一番身近で比重の大きいコミュニティーにおいて、姫ははじき者にされているのだ。家族の話など、姫にとっては辛い話でしかないだろう。
 そのような環境にありながら、姫は優しくやわらかく気さくな性格に育たれている。これは、母君の代わりに育てられたという乳母の存在が大きいのだろう。姫はその方を「ばあや」と呼び、慕っている様子だ。
 身内や貴族からは蔑まれていても、城に仕える者、特に庭師などの階級的に下層にいる者の多くは姫に好感を抱いているようだ。姫が困っていれば、嫌味一つなく姫のことを助けてくれている。
 一般階級の者にとっては、王族の特色をすべて持ち合わせて威張り散らしている者より、王族の特色を持ち合わせていなくても親身になって接してくれる者により好感を抱く対象になりやすいらしい。

「ねー、リデルー。いい加減《姫》ってやめてよー。ついでにその敬語もー」
「あなたは私を不敬罪で殺したいんですか」

 ……親身すぎて時折無茶を言われて困ることもありますが……。きっと姫に仕えている方々もこんな風に日々困らされているのでしょうね。
 姫に悪気は一切ないし、それだけ親しくなろうとしてくれているのだと思えば、その困惑もうれしいものです。

「そもそも、私は姫に限らず、普段からこうした言葉遣いをしていますよ」
「そうなの?」
「ええ」

 私は小さく頷いて返した。
 すると、なにかに気がついた様子で、姫が楽しそうに笑う。

「わかった! それ、リデルの先生のマネね!」
「よくわかりましたね」
「リデルの先生は有名だもの。リデルは先生っ子ね~」
「……いけませんか?」

 からかわれているように聞こえて、ついむっとして言い返したら、姫はにっこり笑った。

「ううん、かわいい!」
「……そうですか」

 毒気が抜かれてしまい、それ以上は返す言葉が見つからなかった。
 基本的に明るく、悪く言ってしまえば能天気にも見えるシルヴィア姫。見えている限り影など見せない彼女は、頻繁に私のもとを訪れてはお茶を飲み、お菓子を食べながら、私相手に他愛のない話を並べ立て、日が暮れる前に帰っていかれる。
 私に同じ年頃の友人がいないように、王族の娘であるシルヴィア姫にも、同じ年頃の友人はいらっしゃらない。大人相手では話せないこともあるだろうし、同じ年頃の者が相手のほうがリラックスできるのかもしれない。たとえその相手が、大して口数が多くなく、面白みのない男だとしても。
 ……自分のことながら、少々悲しくなりました。

「そういえば、お茶変えた?」
「ええ。お味はどうですか?」
「おいしいよ!」
「それはよかった」

 お菓子は私のお手製が姫のお気に入りのようなのでともかく、姫にお出しするお茶がいつまでも一般市民と同じものでは申し訳ないと思い、知人に頼んで試しに譲ってもらった、少々高値のするお茶だ。
 姫のお気に召したようですし、今度少し多めに仕入れておきましょうか。
 ふわふわと、私の手元のカップからもやさしく甘いにおいのする湯気がたっている。姫はおいしそうにこくこくとカップを空にしていく。私もカップに口をつけると、胸をやわからく包むようなあたたかさが広がった。
 姫が嬉しそうな顔をされた時と、少し似ていると思った。



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