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第1話 リデルとシルヴィア
10 探し人



 近くで見ないとはっきりとはわからないが、背は低くなさそうだ。ここから見る限り、体の作りもしっかりしている。しかし、ほかの団員に比べればずっと華奢な体だ。そんな体で剣を振り回し、一回り以上大きな体をしたハンスさんに飛び掛り、ハンスさんの剣に自分のそれをぶつける。剣戟音が高く鳴り渡ったと同時にハンスさんが彼の剣を強く弾き、その反動で彼の体が後方へ飛ばされる。彼は素早く手を使ってうまく着地し、間髪入れずに再び団長に向かって踏み込んでいった。ハンスさんもなにも言わずその斬り込みを受け止める。
 ……今の。普通ならば、剣を弾かれて体が後方へ飛んだ時点で終わりになるはずだ。けれど彼は、諦めてたまるかと言わんばかりに器用に着地し、再びハンスさんに斬りかかっている。
 まさか、現役騎士団長から一本取る気でいるのでしょうか。なんて無謀な。
 ……ですが、団長も団員もそれを受け入れているあたり……ふむ。

「……筋が相当いいようですね」
「そう思う!?」
「え、ええ……」

 何気なく、思ったまま彼を誉めれば、隣にいる姫が食いつかれてきた。目をキラキラと小さな子どものように輝かせる姫に対して、私は半歩ほど体を引く。同時に、一種の確信を抱く。

「お知り合いですか?」
「う……えっと、知り合いっていうかなんていうか知り合いってほど知らないっていうか……」
「知ってる方なんですね?」
「……うん」

 聞き方を変えると、彼女は素直に頷いた。

「貴族の方ですか?」
「そういうんじゃないの。……あれね、カイル、なんだ」

 覚えのある名前だった。
 姫が私のもとを訪れたきっかけ。探せないか、と尋ねてきた人物の名前だ。確か、幼い頃に一度だけ一緒に遊んだ少年だと、姫はおっしゃっていた。
 姫は上体を窓枠に預けた、再度ハンスさんに振り払われ少年から目を離さない。少年はまだ諦めていないようだ。再度体勢を立て直し、ハンスさんに向かっていく。

「私、七つの時に初めて城を抜け出したんだけど……」

 七つ。というと、今から八年もしくは九年ほど前だ。
 そ、そんな幼少の頃から脱走の常習犯だったとは……。道理で手馴れていらっしゃるはずです……。

「初めて街に出てね。道なんてすこっしもわからないのに、一人で歩き回って、そこで会ったの。なんかね、私、その時誘拐されかけてたみたいなんだけどね。そこをカイルが助けてくれたんだよ。カイルは『帰れ』って言ったんだけど、私は帰りたくなくて……。その時なにを思って抜け出したのかなんて、もう忘れちゃったんだけど、とにかく帰りたくなかったの。そしたらカイルが、『じゃあ一緒に遊ぶか』って言ってくれてね。日が暮れるまであっちこっち探検したなぁ……」

 姫は懐かしそうに思い出を語られる。私は黙って、ただ彼女の横顔を見ていた。

「まあ結局、ばあやたちが探しに来ちゃったから、その日のうちにここに帰ってきたんだけどね。……でも、しばらくしたらまたカイルに会いたくなっちゃって。だから、しょっちゅうお城を抜け出して探しに行ってたんだけど、全然見つかんなかったのよね」
「……それで、あの少年がそのカイルである、と?」
「絶対そう! 間違いないよ!」

 七歳の頃、たった一度逢って日が暮れるまで遊んだことがあるだけの少年に間違いないと、姫は断言された。なんの根拠があってその断言に至ったかは、私にはわからない。わからないが、違うという確信を持っているわけではなかったので、姫の断言についてはそれ以上なにも言わなかった。

「……実はね、騎士団の新規入団者のことは、いつもチェックしてたの」
「それはまた、なぜ?」
「言ってたの。騎士になるって」
「はあ……」
「……そんな呆れた目で見ないでよ。望み薄だっていうことはわかってたの。騎士団への入団が難しいことは、私だって知ってたし。入団者の平均年齢は二十歳以上だって聞くし。でも、どうしてもやめられなくて……。それで結局、こうして見つかっちゃったんだもん。あんまり期待してなかっただけにものすごくびっくりした」
「そうでしょうね。……姫がいらっしゃらなくなったのは、このためですか」
「……うん」

 姫が頻繁に私のところを訪れていたのは、カイルさんを探すついでだったのだ。カイルさんが見つかったのなら、ああまで頻繁に城を抜け出される必要もない。いや、むしろ、抜け出す理由がない。
 姫の視線はずっと、カイルから動かない。その横顔を見ていると、胸の真ん中がつくん、と疼いた。それがなんなのかわからなくて、私はまた内心首を傾げた。

「……降りて、会いに行かれてはどうですか? ずっと探しておられた相手なんでしょう?」
「ん……。ううん、いいんだ。昔のことだし、もう覚えてないだろうし」
「姫君に逢ったこと忘れるような子どもだったのですか」
「いや、自分が姫だって言ってなかったし」
「……ああ、なるほど」

 七つというと、まだまだ幼い時分だ。姫だのなんだの、身分というものを意識してはいなかっただろう。となると、姫が言うとおり、あまり強い印象には残っていない可能性もある。
 私なら、絶対に忘れたりしませんけど。
 窓の外で、ハンスさんに思い切り振り払われたカイルさんかもしれない少年が木に激突した。何度も往生際悪く団長に斬りかかっていた少年は、木の根元で蹲って動かなかった。
 ……あれは、相当痛いでしょうね。
 副団長から号令がかかり、洗礼の終了が告げられる。少年は動かないままだが、残った団員は団長と副団長の前に直立して整列した。

「……では、私はそろそろ帰りますね」
「ん、そっか」

 窓から離れる。すると、シルヴィア姫はようやく私を見た。姫の大きな瞳、私の姿が小さく映る。

「また、遊びに行ってもいい?」
「……ええ、どうぞ。ただし、留守の時は諦めて帰ってくださいね」
「うん」
「それと、今後城にあがる際にはそれ、お持ちするようにしますね」
「えっ……」

 それ、と私が指さしたのは、姫が抱えていらっしゃる、本日持参した自作クッキー。初めて姫が私のもとにいらっしゃった日、おいしいと絶賛してくださったものだ。

「会えなくても、庭師の方にでもお願いすれば届けていただけるでしょうから」

 元々、今日もそういうつもりで持ってきたのだが、思いがけず本人を見つけることができ、直接お渡ししたのだ。
 姫の顔がぱぁっ、と輝いた。

「ありがと、リデル大好き!」
「光栄です。ちなみに次は七日後の予定です」
「おっと……意外に早いんだね。でもなんで七日後?」
「先生にお菓子の注文をされたので、それを届けにくる予定なのです」

 尋ねられて、うっかり本当のことを言ってしまった。拗ねられてしまうかもしれないので隠しておこうと思ってたんですけど……。
 いえ、しかし姫に嘘をついたり隠し事をしたりするというのも気分がよくないですね。これはこれでよかったのかもしれない。

「え、なにそれずるい!」

 案の定、姫は不満を顔全面で表現され、食いついてこられた。

「私もリデルに注文する!」
「いえ、あの、本気で商売する気はないんですけど……」
「いいじゃない、リデルの先生と私限定で! ね?」

 そう言われてしまえば、私にあらがう道はない。あったかもしれないが、それを探すことをしなかった。
 まあ、いいか。どうしても拒否するようなことでもないですし。

「わかりました。では次回から、そういうことにしましょう」
「やったー! じゃあ七日後に同じのお願いね!」

 一応、魔術師なんですけどね、私。
 小さくため息をつく。薬草はまだしも、手作りのお菓子を注文されて届ける魔術師がどこにいるのか。……ここにいました。
 ため息が空気に溶けると、なんだか笑いたい気分になってきた。
 いつか描いていた未来の自分の姿とはだいぶかけ離れてきたような気がしますけれど。というか全然違うような気がするんですけれど。
 これはこれで、悪くないかもしれませんね。



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