TopText姫とナイトとウィザードと

第3話 疑問連鎖
03 魔術の初歩



 * * *


「リデルー?」
「っ、……ああ、カイル、いたんですか」
「ひでぇ! 俺ちゃんと声かけてから入ったぞ、お前も返事してたし! そりゃ生返事だったけど!」
「……すみません」

 呼ばれて気がつけば、私の目の前にはカイルがいた。どうやら、また考え込んでしまっていたようだ。仕方がない。次から次へと疑問がわき出して、しかもその答えがまるで見えてこないのだから。
 カイルが身をかがめて、椅子に腰掛けている私の顔を覗きこんできた。なにやら心配そうな顔をしている。
 ……私はそんなに沈んだ顔でもしていたのでしょうか。

「なんだよ、なんか悩み事か?」
「大したことじゃありませんよ」

 カイルにはそう誤魔化して、いつものようにお茶の用意をする。毎回毎回カイルはキッチンまでついてきて、私に話しかける。何故かと聞けば、一人で応接間で待っているのは暇なのだとか。今回も後ろからついてきていたカイルが、不思議そうに言う。

「俺そういや、リデルが魔術使ってんの見たことねーな」
「普段は使いませんからね」

 問いかけにお茶の用意をしながら短く答える。

「なんで? 便利だろ?」
「魔術は、ものによっては周囲に大きな影響を及ぼしますからね。魔術師とはいえ修練の必要はありますが、それ以外では必要な時以外は使わないようにしてるんですよ」
「へえ。それって、先生の教え?」
「ええ、まあ。あとは、よく言うじゃないですか。『楽に慣れるな』って」
「あー、なるほど」

 振り向いて、カイルの表情を確認する。納得した様子を見せてはいるが、どこか残念そうにも見える。

「……もしかして、見てみたいんですか? 魔術」
「っ、なんでわかった!?」

 ただカマをかけただけだったんですけどね。
 驚くカイルにため息をこぼす。

「別に面白いものじゃないですよ?」
「それはリデルが魔術師だからそう思うんだろ? 俺みたいな一般人は魔術に触れる機会なんてほとんどないんだぜ? 魔術っつったら、祭りのイメージだからな」
「ああ……」

 なるほど、一理ある言い分だ。
 魔術師というのは、どちらかというと引きこもり体質な者が多く、用事がなければ外へ出ていかない。ひとによっては、まともに仕事を受けないで、日々本に埋もれているひともいるらしい、という話も聞く。
 魔術師として一般的に知られるのは、依頼を受けて仕事をする面々か王族から要職に取り上げられた者だが、魔術師の間では引きこもってなかなか表に出てこない魔術師のこともよく噂される。
 彼らは表に出ない代わりに、新たな術を作ったり、魔術についての研究を行っているらしい。その成果をギルドに報告すれば、評価には繋がるので、表に出てこないからと魔術師資格を剥奪されることはない。もちろん、ギルドからの依頼を何度も断ればその限りではないが。しかし、一年に一度、依頼と研究のどちらを優先するかの希望をギルドに届け出ることができ、そこで研究優先の希望を出せば、ギルドから依頼を出すことは滅多になくなる。研究も、魔術師として必要なものだ。
 例外は、祭りなどのイベントだ。そういったイベントの際には国からの要請を受けて、祭りを盛り上げるために魔術師がその力で華やかに演出するのが恒例となっている。私は特に抵抗があるわけでもないですけど、何故魔術師がこんなことをしなければならないのかと不満に思う魔術師もいないわけではない。しかし、断れば最悪の場合魔術師としての資格を剥奪され、ギルドから除名される。そういった点は、私でも馬鹿げていると思いますが。
 まあつまり、そういうわけなので、カイルが祭りで見られるような演芸的な魔術しかイメージできないのも、仕方のない話だ。

「……じゃあ、やってみますか?」
「……へ?」
「初歩中の初歩程度なら教えられると思いますけど。……えぇっと、ビギナーズブックも確かとってあったはず……」
「え、え、えぇ!?」

 驚くカイルをよそに、とにかくお茶を淹れてしまい、お茶を応接間に運んでから、壁際のいくつもの本の山から初心者向けの書籍を探す。そんな私を呆然と眺めていたカイルが、大きな音とともに立ち上がり、大きな声をあげた。

「ちょ、え!? な、なんでそうなんの!?」
「魔術がすごいものだと思うのは、魔術がどういったものかを知らないからですよ。実際に触れてみれば、『なんだこんなものか』って思いますって」
「……子どもの夢を壊すような発言だな」
「君はもう夢に生きる子どもじゃないでしょう」
「そうだけどよ……」

 やるせなさそうにつぶやくカイルを後目に、私は二階へと上がった。ふと、先日ベッドの近くで背表紙を見かけたことを思い出したのだ。その記憶に間違いはなく、本の山から目的のものを発掘した。階段を降りながら多少付着していたほこりをたたき払い、いまだに事態に対応し切れていない様子のカイルに改めて視線を向ける。

「嫌なら無理にはすすめませんけど」
「……授業料、とる?」
「君は私をなんだと思っているんですか……。とりませんよ、そんなもの。そこまでお金に困ってませんから」
「うわぁ、なんか嫌味だ」

 ひきつった顔でカイルは言い、「あ~」と困ったような声で唸り、その場にしゃがみこんで頭を抱えた。私はただ、困ってるなあと思いながらカイルのつむじを見下ろした。カイルは私より背が高いので、新鮮な光景だ。
 やがて、カイルがそのままの姿勢でぽつりと言う。

「……損には、ならねーよな?」
「それは君次第、といったところですね」
「……くそ、お前どんどん性格悪くなってってないか?」
「そんなつもりはないんですけど」

 悔しそうなカイルの言葉に、私は苦笑した。
 カイルと話していると、どんどん遠慮という意識が薄れていっているような気はしている。深く意識はしていないので、もしかするとこれが本来の性格なのかもしれない。ひとは周囲の影響を受け、変化する。遠慮のないカイルと付き合いを持つことで、カイルの性格に引きずられているのだろう。そういうことにしておこう。

「で、やるんですか、やらないんですか」
「……やる!」

 そう言うと思いました。
 強い意志を抱え込んだ瞳を見せるカイルに、探し当てた本を手渡した。
 それから七日後。

「ぐぬぬぬっ……」
「力んだところでどうにもなりませんよ……」

 無駄に重苦しいうなり声を搾り出すカイルにため息がこぼれそうになる。
 魔術を扱う際の初歩中の初歩というのは、一番相性のいい属性のものを扱う。属性というのは、ようするに魔力の種類のことだ。これは《火》、《水》、《土》、《風》の四つが定義されている。この四つは基本中の基本であり、属性には《木》や《金》も定義されているし、魔術を本格的に使うようになれば属性にとらわれずに魔術を扱うことも多くなる。しかし、これまでの記録では、基本となる四属性の魔力のうち一つを必ず有しているとなっている。だから、魔術の修練は自分がより多く有している属性を扱うのだ。
 修練方法は、その属性によって異なる。
 例えば、私は《水》と一番相性がいい。《水》と相性がいいのであれば、コップに水を注ぎ、その水に変化を与えることが第一段階となる。変化の内容はなんでもいい。水を浮かすことでも、 味を変えることでも、色をつけることでも。私の場合、コップに注いだ水をコップごと凍らせてしまい、先生を驚かせてしまった。懐かしい思い出だ。
 私は《水》の中でも、《氷》の関する魔術が得意だ。それはもしかしたら、冷たい雪が私の人生の転機の時に深く関わっていたからなのかもしれないとも思うが、そのあたりの関係性は定かではない。
 大抵はひとによってどうしても扱えない属性というものがあるらしいが、私はすべての属性の魔術がほぼ問題なく扱える。これも天才と呼ばれる所以の一つだろう。私が知っている魔術師で、私以外に全属性の魔術を扱えるのは先生くらいだ。そもそも、本来魔術は一つの属性を使いこなすのにも時間がかかると言われ、特に全属性の魔術が使える性質の者は最初の段階にあたるそれぞれの属性に合わせた魔力の使い分けに苦しむ傾向があり、なかなか使い物にならない場合が多いらしい。つまり、魔術師になるということ自体が難しいのだ。長い時間と果てない努力の末に魔術師になった者もいるという話は聞いたことがあるが、大抵の者は魔術使いのまま生涯を終えるらしい。
 そんな中、私も先生も十代のうちに魔術師になってしまったというのだから、魔術師たちの間では年齢以上の衝撃を与えたことだろう。
 ようするに、天才だなんだと言われているが、私と先生が生まれつき他者より優れている点というと属性別に魔力をコントロールすること、それのみだと思う。後は純然なる努力の賜物だ。
 私はカイルの属性を判別するために、カードを用意した。未使用のお客様用カードを四枚。一枚につき一属性の魔力を染み込ませ、カードと触れた者の中で一番強い魔力の属性が一致すればカードが光って反応するというものだ。
 カイルにとって一番相性がいい属性は《風》だった。なのでカイルは今、私が所有している風車の置物の車部分を回そうとしている。つまり、この室内で置物の風車が動くような風を起こせれば、第一段階クリア、ということになる。



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