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第3話 疑問連鎖
04 魔力



 カイルは一度大きく息を吐き出し、私を睨みつけた。

「っ、無理だろこんなの! つか、俺魔力ねえって!」
「なに言ってるんですか。相性のいい属性が割り出せたのに魔力がないわけないでしょう」
「ぐっ……」

 魔術の相性など、魔力がなければ判明するわけもない。カイルが《風》の力を染み込ませたカードに触れた時、カイルも「おお!」と感嘆の声を上げたほどはっきりとカードは光って見せたのだから、カイルは《風》の魔術を扱える可能性がある。
 そもそも魔力なんてものは、その根源もなにもわかっていない、まったく未知のものだ。答えは誰も、私の師匠でありエタニアール最高の魔術師であるウォーレン・ホワイトですら知らないのだ。
 私個人の意見として、魔力というのはある意味で精神力のようなものではないかと考えている。

「魔術というのは、《思いこみ》のようなものなんですよ」
「お、思いこみ……?」
「《こういうことをしたい》、《できるはずだ》……そう強く思うことが重要なのだと、私は教わりました」
「……そ、そんなもんなのか……?」
「そんなものなんですよ、実は」

 言い換えれば、魔術とは、想像を現実へと変える力。魔術を扱うための素質というものはたしかに関係しているかもしれないし、個々人の魔力量というものもあるかもしれないが、それもやはり定かではないのだ。一番重要なことは思いこむことです、とかつて先生は言った。ならば、それは精神力以外のなにものでもないではないかと思うのです。

「集中し、強く願い、イメージする。魔術のコツなんてそれだけなんですよ」
「へぇ……」
「あとは……そうですね。《お願い》してみるといいかもしれません」
「お願い?」
「ええ。魔術というものは、多かれ少なかれ世界の摂理というものを歪めて扱うものです。無理矢理歪められたら、世界だって嫌がるものじゃないですか。だから、『力を貸してください』ってお願いするんです。少なくとも、私はそうしてますよ」
「なるほど……《お願い》ね」

 カイルは口を閉じて、すう、と目を閉じた。彼の正面には風車の置物。そこに手をかざすスタイルをとったのは、きっとそれが、風車を動かす自分というものを一番イメージしやすかったからなのだろう。
 カイルはもちろん、私もなにも言わない。魔術にとって、思いこみの次に大事なのは、集中力だ。これが崩れた場合、魔力が暴走する危険性が高まる。特に初心者はコントロールの方法がわからないから、悲惨なことになりかねない。私が魔術の勉強を始めたばかりの頃、やはり先生も今の私のように、じっと、身動きをせずに見守ってくださっていた。
 そのまましばらく待っていると、から、と風車がほんの少し回った。物音をたてないよう細心の注意を払い、室内の状況を確認する。部屋の中に風が流れ込んでくるような場所はない。
 カイルを見る。音に気づいていないのか、いまだに目をつむったままだ。その集中力は驚くべきものかもしれない。
 それからさらに少し待つと、カイルが大きなため息をついて、目を開けた。

「だめだ、さっぱりわかんねえ!」

 嘆くわりにとても集中していたようだったが……。カイルにとって集中するということは、なんでもない、出来て当たり前ことなのかもしれない。これはある種の才能だ。
 もしかしたら、もっともっと修練を積めば、初歩よりもう少し本格的な魔術くらいなら使えるようになるかもしれない。それは間違いなく、彼にとってプラスになる。どこまでできるようになるかは、彼の素質と努力と集中力次第。……考えると末恐ろしいような……。

「俺、魔術師とか絶対向いてねえな……」
「まあそうですね」

 それは否定しない。彼は屋内にこもって学習にとり憑かれがちな魔術師などより、太陽の下で体をめいっぱい動かすことができる騎士団員のほうがよく似合う。

「でも、さっきちょっと動きましたよ、それ」
「……え?」

 呆然とするカイルの顔を、黙って眺めた。カイルは「え?」と再度声をこぼし、目の前にある風車の置物を指差し、私を見る。それに私はこくん、と一つ頷いて応えた。
 カイルが口を大きく開ける。

「えぇ!? 嘘だろ!? 俺見てないぜ!?」
「目を閉じてたら見えないのは当然じゃないですか」
「あ、そりゃそうだ! って、気づいたんなら言ってくれよ! なんで黙ってたんだよ!」
「いつまでそうしてるのかなあ、と思いまして」
「お前ほんっと性格悪くなったよな!」

 性格悪いとか、意地悪だとか。最近は本当によく言われるようになりましたね。決してほめ言葉ではない。けれど私は、そんな自分があまり嫌いではなかったりする。

「……あのさ。これさ、続けたらなんか、魔術とか使えるようになんのか?」
「そうですね。続ければ、できるようになるかもしれませんね」
「……それってさ、戦う時、使えたりするかな」
「使い方次第、と言っておきます」
「…………リデル、この置物、しばらく借りていいか?」
「いいですよ。ただの置物ですから」
「サンキュ!」

 現実的に考えて、魔術の勉強を始めてから簡単な魔術が使えるようになるまでには、一般的には一年かかると言われている。これは魔術の修練にのみ集中した場合の通説だ。私も、氷の固まりをまとまった水という元の素材なしに魔術で出せるようになるまでには半年以上の時間を要した。カイルなら、一年以上か……いや、カイルは単純ですからね。波に乗ってしまえば案外一年くらいでなんとかなってしまうかもしれません。
 そこまで続けられるかどうかは、やはりカイル次第、というところだ。同時に、この男ならやるだろうな、とも思う。

「…………」
「どうかしました?」

 じっと置物を見つめているカイルに声をかける。カイルは「いや、……」と少し言いよどんで口を閉ざした。カイルがこんな風に躊躇うのは珍しいことだ。彼は視線を左右に泳がせながら数秒考えた後、再度口を開いた。

「こう言うのは、ちょっとあれなんだけどさ……シルヴィア姫様は、どうして魔術が使えないんだろうな、って」
「……はい?」

 その疑問の意味を掴みかねて、首を傾げた。私の反応を「なにを馬鹿なことを言い出すのか」というような意味にでも捉えたのか、カイルが居たたまれない様子で慌てて続ける。

「いや、ほら! 俺、自分に魔力なんてねえって思ってて、シルヴィア姫様もそうなのかな、って思ってたんだけどさ! ……俺にも一応、魔力があって……がんばれば魔術が使えるようになるかもしんなくて……。じゃあ、シルヴィア姫様は魔術が使えないっていうのは、やっぱりシルヴィア姫様には魔力がないってことなのかな。俺みたいな一般人にも魔力があんのに、王族のシルヴィア姫様には魔力がないなんて……なんかそれが、不思議な気がして……」
「魔力がない……?」

 カイルの言葉が、どうにもしっくりこなかった。それはそうだ。魔力は精神力のようなものだとする持論を正しいとするなら、魔力を持たない人間など存在しない。けれどそうだと仮定するなら、姫は想像力も努力も集中力もカイル以下だということになる。
 ……本当にそうなのでしょうか。

「……どう、なんでしょうね」
「リデル……?」
「……君はそんなことを考えている余裕があるなら少しでも長く修練を積んでください。モノにするのでしょう?」
「お、おう……」
「まあ、とりあえず休憩にしましょうか。お茶を淹れてきます」

 席を立ち、キッチンへ向かう。その間にも、己の持論に対する違和感が拭えないまま残っていた。
 あのシルヴィア姫が、己に否定的な見方をしながらも強くなろうと強がって見せられているようなシルヴィア姫が、才能がかけらもないからと言ってなんの努力もしないとは考えられない。
 となると、努力ではどうにもならない領域の話、つまりカイルが言うとおり、魔力がない、ということなのか。
 魔力がまったくない人間は、存在しているのか。



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