TopText姫とナイトとウィザードと

幕間




「エタニアール国内だけでなく、世界的な取り決めで、使ってはいけない魔術というものがあります」
「使ってはいけない魔術、ですか?」
「ええ。エタニアールでも、他国でも、《闇》の力が関わってくる魔術は使ってはいけないと、法で定められているのです」
「《闇》の力、ですか? それはどんなものなんですか?」
「正確にそれを説明できる者は、いないでしょうね。私にもうまくは説明できません。なにせ、私たち魔術師が《闇の眷属》と呼ぶ《ゴル・ウルフ》などの《魔獣》についても、わかっていないことのほうが多いのです。どこからやって来るのか、命尽きた後なぜ消えてしまうのか……。過去の事例から《闇》の力が関係していることが判明している魔術もありますが、新しく生み出されていく魔術に関しては、どういったものがその対象となるのか定かではないのです。それを専門に研究している魔術師も存在しますが、いまだ明確な答えはいまだ出ていません。現段階で言えるのは、世界を歪めるものであることが多い、ということくらいです。例外もあるので、これもはっきりとは言えないのですけれど」
「世界を歪める、ですか。それは、たとえばどんな魔術なんですか?」
「そうですね、有名なものであれば《召喚魔術》でしょうか。あれは世界に、空間に無理矢理孔を開ける行為です。《召喚魔術》を使えば、大なり小なり《瘴気》というものが発生してしまいます。少々であればさほど問題にならなかったのでしょうが、過去に邪な思想を抱いた魔術師が《魔獣召喚魔術》を多用したこともあり、今は平穏で美しい緑に溢れるこの国にも《瘴気》が絶えたことはなかったと聞きます。なにより、空間の孔を閉じることに失敗すれば、そこから更にひどい《瘴気》が延々と広がり続けますから、とても危険なことだったんです。これらについては私が生まれるよりも前のことですが、当時は相当話題になったようで、図書館に行けば関係する文献が多くありますよ。他には、姿を変える魔術も、持って生まれた姿を変えることは世界を歪める行為だ、という理由から使用の禁止が決定されましたが……これは、《闇》の力自体はさほど影響がなく、術を悪用してひとを騙すという行為が横行していたためだという説もあります」
「そっか……物の見た目は変えても法的に問題ないんですもんね。みなさん、杖はなにかしらに形を変えて持ち歩いてらっしゃいますし」
「ええ。不思議でしょう。《闇》の力が関わっていない、とは言い切れませんが、私もこれは魔術師のモラルが原因だったと考えています」
「でも、先生。なぜ《闇》の力が関わる魔術は使ってはいけないんですか?」
「よく疑問を持ちましたね。当たり前を当たり前と思わず、疑問を抱くのはとても良いことです。……《召喚魔術》を使うと《瘴気》が発生する、と説明しましたね。これは《召喚魔術》のみに言えたことではなく、《闇》の力の行使と同時に発生するもののようなのです。《瘴気》は毒物と同じです。長く《瘴気》にあたれば、いずれすべてが死に絶えます。最初は野生の動物、次に草木、大地、そして最後には、人間も」
「人間が最後なんですか?」
「ええ。人間という生き物はずいぶんと鈍感にできているのですよ。ですが、他よりは長くもつ、というだけのこと。通常、長時間《瘴気》にあたって生き残るものはありません。あの中で生き続けることができる生き物を、他の動物と一緒にはしません。彼らのことを、総じて《魔獣》と呼ぶのです。中には自ら《瘴気》を発する《魔獣》もいます。有名な《ゴル・ウルフ》もそうですね。彼らが居着いた場所は、ひどい《瘴気》に覆われてしまいます。彼らがいたなら、それは早急に排除しなければなりません。そうしなければ、その一帯が死んでしまうからです」
「たしか、少し前にも騒ぎになってましたよね。東にある村が《ゴル・ウルフ》に襲われて、何人か食べられてしまった、って。……そういえば、なぜか畑が全滅したと聞きました。これが《瘴気》の影響ですか?」
「そうでしょうね。大地が濃い《瘴気》を浴びてしまったのでしょう。あの件は比較的迅速に片付けられましたし、一年後には元どおりになっていると思いますが……次の花の季節は、花が咲くことはないでしょうね」
「……怖いですね、《瘴気》って……」
「……一つ、間違えないでほしいことがあります。《闇》の魔術は禁止され、そこから発生する《瘴気》は我々に害をなすものですが、だからといって《闇》を否定してはいけません」
「どうしてですか?」
「《光》があるところには、必ず《闇》が生まれるものなのです。ほら、太陽が出ている時に外へ出れば、私たちの足元には影ができるでしょう」
「はい、できますね」
「真剣勝負というものが行われれば、結果には勝者が存在し、また同時に敗者が存在するでしょう」
「そうですね」
「《光》 と《闇》は一対なのですよ。それは切り離すことができないものです。《光》があれば《闇》があるというのは、世界の姿そのもの。《闇》がない世界は、それだけでどうしようもないほど歪んだものなのです。だから、《闇》をむやみに否定することは、世界の自然なありようを否定することに繋がってしまうのですよ」
「……難しいですね」
「ええ、難しいです。私も、説明をしながら矛盾を感じずにはいられません。《闇》を否定してはいけない……。そう言った口で、《ゴル・ウルフ》を始めとする《魔獣》は排除しなければならない、と言わなくてはならないのですから」
「でも、《魔獣》は人間を食べます。畑を殺し、花を奪います。ひとが安心して暮らしていくためには、しかたのないことなんじゃないですか?」
「……そうですね。さて、外へ出かけましょうか」
「外へ、ですか?」
「国王様から《闇》の魔術の使用許可をいただいていますから、実際に使ってみせましょう」
「……いいんですか? それ」
「もちろん、よくはありません。けれど、実際に触れてみないことには、《瘴気》がどういったものなのかはわからないでしょう? 実地はなによりの学習です」
「……それは、そうかもしれませんけど」
「安心してください。教会の方が同席されますから、《瘴気》は広がる前に浄化されます」
「教会の方、ですか?」
「ええ。一般的にはそれほど知られていませんが、教会には《瘴気》を浄化する能力を持っていらっしゃる方がいるんですよ。《魔獣》の被害が出た集落には、その方々が必ず派遣されます。ただ、彼らも多くの《瘴気》を一度に浄化することはできないので、被害に遭った土地が元どおりになるには時間がかかることが多いのですが……」
「……先生は、……」
「はい?」
「先生は、どうしてそんなに、《闇》の力や《瘴気》について詳しいんですか?」
「……こんな言葉を知りませんか? 敵に勝つにはまず敵を知らねばならない、と。《闇》に正しく対処するためには、《闇》をよく知らねばならないのですよ」
「そういうものなんですか」
「ええ。リデルにもいつかわかりますよ。さあ、行きましょう」
「はい、先生」



TopText姫とナイトとウィザードと