TopText姫とナイトとウィザードと

第4話 調査任務
01 依頼



 気がつくと、シルヴィア姫と出逢った季節が再び巡ってきていた。
 姫と先生に対する不安が一つも晴れないままやってきた紅葉の季節に、久方ぶりに姫が私の家を訪れてこられた。

「久しぶり!」
「……お久しぶりです」

 玄関先で元気そうに笑う姫にどうにかそうとだけ返し、家の中へと招き入れた。
 迎え入れたはいいものを、言葉どおり久々の姫の来訪に、私は驚いていた。最近ではもう私が王城に出向くばかりで、姫がここまで出向いていらっしゃることはなかったからだ。

「……またお一人ですか?」
「うん、抜け出してきたから。これも久々ね」
「…………」

 楽しそうに笑う姫に、ローザさんと侍女の方々、それに騎士たちに同情した。しかし、送り返さずに家に上げている時点で私は姫の共犯だ。同情する権利はないかもしれない。
 姫を奥の部屋へとお通しし、私はキッチンへ向かう。
 お茶の準備をしながら、今朝焼いたばかりのクッキーをプレートに盛る。明日あたり、王城へ行こうと思って作っておいたのだ。ローザさんや侍女の方々の分も作ったため多めにあるので、余分は姫におみやげとして持って帰っていただきましょう。
 姫は私が入れたお茶と私が作ったお菓子をおいしいと一通り絶賛されてから、いつもより少し真剣な顔を作って、姿勢を正し、今日ここへいらっしゃった理由を話し出された。

「リデル、《ウディエールの森》って知ってる?」
「《ウディエールの森》、ですか?」

 よく知っている。なにせ私は、太陽の季節には必ずその森へ足を運ぶのだから。
 太陽の季節から紅葉の季節へと移り変わったのは十日ほど前のこと。私はその更に十日ほど前に、そのウディーエルの森へと一度足を向けていた。
 ウディエールの森では、私や先生が作る薬に使用する薬草が多く採れるのだ。もちろん他の森でも採れるが、私はウディエールの森が一番気に入っている。比較的近場で、空気がとても澄んでいて、薬草探しのついでに散策などすると体の中が洗われるようで気持ちがいいのだ。

「知っていますけど……」
「じゃあついてきて!」
「……姫、シルヴィア姫、お願いですから順序立てて話してください。姫はウディエールの森に用事がおありなのですか?」

 前置きらしい前置きもなしに突きつけられたお願いに、私は頭を抱えたくなった。お願いではあるが、姫の言葉なのでそれはもう命令に等しい。それは構わない。姫の望みであれば私は応えましょう。問題はそこではなく、姫がウディエールの森へ向かわれる理由だ。
 ウディエールの森は、私のように薬を煎じる者、もしくは狩りを営む者でもなければあまり出向く必要のない場所だ。ウディエールの森はとても美しい森だが、とても広くとても深い森でもあるので、道に迷う者もいる。狩りを営む者も出入りするくらいなので、野生の動物だって多くいる。一般人が足を踏み入れるには少々危険な森でもあるのだ。そして、特にひとの興味をひくような珍しいものもない。
 そんなところに、姫はなんの用があるいうのでしょうか。
 姫は困ったように首をかしげた。

「うん……調査?」
「はい?」
「お父様、つまり国王命令なんだけどね」
「はあ……?」
「ここ最近、ウディエールの森に入っていったらしい人たちが戻ってこないんだって。近くを通っただけの人からも、森の空気がいつもと違う気がするって報告が来てるらしくてさ。私ももうすぐ十六だし……こういったことでもして、国に貢献しないと」
「…………」

 魔術が使えないシルヴィア姫は、一族の中では落ちこぼれ扱いだ。身分の低い者はそんな姫でも……いや、それでも明るく振る舞う姫だからこそ、好感を抱いている者も多い。逆を言えば、相応に高貴な方々は姫を軽んじる傾向にある、ということだ。
 十六になればもう小さな子どもでもない。私の記憶では、姫の兄君も姉君も十六の頃から各地の視察に出かけるようになっていたはずだ。姫になにかしらの調査が命じられても、それ自体はおかしなことではない。
 ……おかしなことは、ない。

「……話はわかりました。ですが、姫が赴かれるには少々危険ではないですか?」
「そのくらい私だってわかってるよ。だからリデルのところに来たんじゃない」
「そうではなくてですね……。最初から、姫に命じるのではなく、魔術師や騎士数人でチームを組んで調査に出かけるものではないのですか?」

 そもそもそういった仕事の依頼は、魔術師ギルドによく舞い込むものだ。わざわざ姫君を出向かせるようなものではない気がする。

「ああ、うん、そういうこと……。私も詳しくは知らないんだけど、ちゃんとした証言がないんだって。ほら、ああいう森に出かける人って、単独行動を好む人の方が多いでしょ? リデルとか」
「私を引き合いに出さないでください。……まあ否定はしません」
「だから、実際のところの訴えはね、『連絡が取れない』『なにかおかしい』って程度みたいなのよ。明確に危険があるってわかってるわけじゃないから、国としてもそこまで大きく動けないみたいで……。でもさ、ウディエールの森って結構このリオールから近いじゃない。訴えがある以上、無視するわけにもいかないみたいで……」
「……とりあえず王族の姫を送り出して体裁をたてよう、というわけですね」
「そういうことみたいよ。まあ、まだ大事にはしたくないみたいで、お忍びでって言われたけど」

 特に気にした風もなく、お茶の入ったカップを口元に運ぶ姫。
 私は姫に気づかれないよう、ほんの少しだけ顔をしかめた。それはつまり、たとえ危険だとしても、姫にならなにかあってもかまわない、と言われているようなものじゃないですか。

「だから、リデルにお願いにきたの。リデルは私が知ってる中で、一番評判がよくて、一番信頼できる魔術師だもの」
「……一番は先生ですよ」
「たしかに、エタニアール一の魔術師だものね。でも、私はリデルの先生と直接お話したことはないし、そもそもリデルの先生はお父様にずっとついてるもの。頼めないよ」
「それもそうですね」

 きっと姫も、私が感じ取った言外の意味に気づいていらっしゃる。だからこそ、こうして私のところへやってきたのだ。
 姫への扱いに気になるところはありますが、今は姫が私を頼ってくださったことを喜びましょう。なにかあっても、ある程度のことならフォローできる。

「……まあ、今は特に立て込んでもいませんし」
「やった! リデル大好き!」
「光栄です」

 口癖のようなそれに、いつも通りに返して、私は「で」と促した。

「他のメンバーは?」
「…………」

 姫は沈黙して視線を泳がせた。私はため息を隠さなかった。

「……まさか二人だけで出立しようなどと思ってはいらっしゃいませんよね? 残念ながら、私は荒事のほうはあまり得意ではないので、せめて騎士を一人か二人は連れていったほうがいいですよ」
「うぅっ……そりゃね、二人だけじゃ危険なのはわかってるの、わかってるのよ! 文句は周りに言って!」
「つまりご兄姉から妨害を受けてしまった、と」
「はっきり言わないでよー!」

 やるせなさそうにテーブルに突っ伏されたシルヴィア姫の心境は、推し測るまでもない。
 大方、騎士団や魔術師ギルドに対して、シルヴィア姫に手を貸すなと脅しのようなことをふれ回られたのだろう。詳細な内容まで興味はないし、幼稚な嫌がらせだとは思うが、効果覿面ではある。
 彼らにとって私は、もしかしたら予想外のツテだったかもしれない。私が彼らとお会いしたのは魔術師になる前、つまり先生の仕事について回っていた時分の話であって、魔術師になってからは特にご縁もない。当然ながら個人的にお話しすることもなかったので、彼らは妹君が一時期とはいえ頻繁に私のもとへいらしていたことなど、知っていらっしゃるわけもないし思いもされていないでしょう。

「……騎士団にちゃんと聞いてみたんですか?」
「昨日、団長さんと副団長さんから無理です、ってお返事もらった……すっごく申し訳なさそうな顔されちゃって、こっちも強く出れなかったの」
「そうですか」

 それでも一応姫君なのだから、こういう時こそもう少し無茶を言ってもいいでしょうに。一度断られた程度で引き下がるというのは、なんとも強気なふりをしていらっしゃるシルヴィア姫らしい。
 しかし、どう考えても私とシルヴィア姫の二人だけで調査任務に向かうのは危険すぎる。

「……一人、そこそこ腕の立つ男を知っていますから、声をかけてみましょうか」
「え!? ほんと!?」
「まあ、話してみないことには結果はわかりませんが……」
「いいよいいよ! リデル大好き!」
「光栄です」

 姫の口癖を、私はいつもどおり笑って受け流す。
 とは言ったものの、結果なんてそれこそ、火を見るよりも明らかですが。



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