TopText姫とナイトとウィザードと

第4話 調査任務
02 答え



 * * *


 私は城壁の内側にある、騎士団に所属する者たちが生活している宿舎まで足を運んだ。宿舎の管理人さんに、まず団長のハンスさんがいるか尋ねてみた。ハンスさんは家庭持ちで、一応邸宅が高級住宅街にあるそうなのだが、そこに戻るのは十日に一度程度だと聞いている。いない場合は副団長のエドモンドさんでもかまわないかと思っていたが、管理人さんは頷いたので、呼んでもらうよう頼んだ。
 応接間に通されて、ソファに腰掛けてハンスさんを待った。
 しばらくして、無造作な音を立てて応接間のドアが開く。

「よお、リデル。久しぶりじゃねぇか」
「お久しぶりです、ハンスさん」

 応接間に入ってきた巨漢に、腰を上げて挨拶を返した。鎧姿でも騎士団規定の軽装でもなく、一般市民が着るような普段着姿で、にぃっと私に笑みを向けて頭を撫でてくる。相変わらず乱暴な仕草だ。

「ちょっとでかくなったか。ガキの成長ははやいな」
「最後に会ってからもう一年近くの時間は経っているんですから、少しは背が伸びて当然ですよ。最近ハンスさん、傷薬の受け取りにカイルばかり使うじゃないですか」
「ああ、なかなか仲良くやってるみたいだな。あんまりにもソリが合わないようなら俺が行こうと思ってたが……。どうだ、同じ年頃の友達を持った気分は」
「……まあ、悪くはないです」

 カイルを差し向けてきたのは、同じ年頃の子どもと付き合いがほとんどない私を思ってのことだったらしい。嬉しくないわけではないが、非常に照れくさいし恥ずかしい。私は顔を背けてぶっきらぼうな言葉を返すしかなかった。
 ハンスさんがどす、と音を立ててソファに体を預けたので、私も再び腰を下ろした。

「で、なんの用だい? お前がわざわざ宿舎まで来るなんて、よっぽどの緊急事態か?」
「緊急事態かどうかは、そちらの判断にお任せします。……シルヴィア姫に課された任務については、聞いていますよね?」
「ああ……どっかの森の調査任務だったか」
「ウディエールの森です。出立は三日後。同行者は私以外、現在は決まっていません」
「は……ああ、そうか、そうだったな!」

 ハンスさんは大げさなくらい驚いて見せた。私はその反応に驚き、思わず彼を凝視してしまう。当のハンスさんは、私の視線を受けてにやにやと笑った。

「そういえば、シルヴィア姫は一時期お前のとこに通ってたんだったな」
「……知ってたんですか」
「ああ。頼まれてな。シルヴィア姫が魔術師のリデル・ホワイトんとこに時々遊びに行ってるみたいだから、こっそり護衛してもらえないかって」
「……まったく気づきませんでした」
「うちの副団長は優秀だからな」

 依頼主の名前は出てこなかったが、おそらくローザさんであろう。
 副団長のエドモンドさんは、潜入調査など隠密要素が大きい活動が得意らしく、姫も私もまったく気づかなかったことに納得がいく。……騎士団の団長なのに隠れるのが得意というのも妙な話ですが。しかし、エドモンドさんには不思議なほど特徴がない。そして気配を消すのが異常なほど上手いのだと、以前ハンスさんが雑談の中で聞かせてくれた。そうであれば、こっそり王城を抜け出されたシルヴィア姫をこっそり護衛することも難しくないだろう。行き先がある程度わかっているのなら、なおのことだ。

「姫が脱走されると街中で団員さんが大勢歩き回っているので、そこまでは知られていないと思っていました」
「ま、こっそり護衛することを引き受けたとは言え、捜索しましたって体裁くらいは整えとかねぇとな」
「……ありがとうございます」

 ありったけの感謝の念を込めてお礼を言うと、ハンスさんはしばし呆気に取られていたが、やがて照れくさそうに軽くそっぽを向いた。

「……壁の中はシルヴィア姫には息苦しいだろうからな」
「……はい」

 少々、神妙な空気が空間を満たした。
 しかしすぐに、それをハンスさんがにやにやと笑った顔で打ち崩す。

「しかしまったく、あの姫様は妙な星の元に生まれてきてんなぁ。うちの若いのひっかけてると思ったら、お前までひっかけちまうとは」
「……表現が悪いですよ、ハンスさん」
「いーじゃねぇか、本人が聞いてるわけでもなし!」

 国王に仕える騎士団の団長としてはその態度は大問題だと思うのだが、ハンスさんは別に姫を貶しているわけではない。これはむしろ、誉めているのだ。限られていた行動範囲の中で、頼ることができる相手を見つけていることを。それが将来有望な騎士見習いと天才と言われる魔術師だというのだから、確かに姫はある意味でとてつもない強運の持ち主なのかもしれない。

「で、ここへ来てどうすんだ? 姫様に会ったなら知ってんだろ。騎士団は正式に団員を貸し出すわけにはいかねぇ。……大事な部下を路頭に迷わすわけにゃいかねぇんでな」

 やはりそういうことですか。
 ハンスさんは、一言で表現するならば豪傑だ。多少上から圧力をかけられたところで、そのまま言いなりになるような方ではない。しかし、騎士団員たちの進退について持ち出されてしまえば話はまったくの別物だ。大方、シルヴィア姫の調査任務に同行した団員は将来の出世が望めないだの、戻ってきたら騎士団から除名するだの、そんな無茶な話が出たのだろう。それを本当にやりかねないのが、彼女のご兄姉のおそろしいところだ。
 こういうのも、職権乱用って言うんでしょうね。それを咎められる権利を持つ人間が少ないというのは、不幸でしかない。

「ええ、だから正式な団員をお借りするつもりはありません」

 ぴくり、とハンスさんの眉が動いた。きっと、この言葉だけで気づいたのだろう。

「騎士見習いの、カイルを貸していただけませんか?」

 そのまましばらく、私とハンスさんは互いに視線を逸らさなかった。にらみ合いと言ってもいい。ハンスさんの迫力はすごいものだったが、私だって、ここで引くわけにはいかなかった。

「……ったく。ちょっと待ってろ」

 やがて、ハンスさんは重く腰を上げて部屋の外に顔を出し、カイルを呼んでこい、と誰かに声をかけた。それからすぐに、カイルが応接間に駆け込んできた。カイルもハンスさん同様普段着姿だ。

「カイル・デーン、ただいま参りまし……ってリデル!?」
「こんにちは」
「カイル、ちょっとこっち来い」

 ハンスさんに手招きされて、カイルはハンスさんが使用しているソファに傍らに立った。
 ハンスさんは親指でカイルを指し示し、私を見据えて言う。

「これはまだ見習いだ。実戦経験はねえ。が、実力は保証する。そこらの賊程度ならあっという間に返り討ちにできるぜ」
「……ありがとうございます」
「あの……いったいなんの話……」
「お前の売買」
「えぇ!?」
「カイル、冗談ですから真に受けないでください」
「なんだよ、もうちょっとからかわせろ」
「だ、だんちょぉ……」

 楽しそうに笑うハンスに、情けない顔をさらすカイル。私はハンスさんを制し、カイルに向き直った。

「カイル、シルヴィア姫の調査任務について聞いていますか?」
「え、ええっと……なんかあったのか?」
「…………」

 そこからか!
 私は呆れて、何故カイルになにも伝えていないのかとハンスさんに視線をやった。ハンスさんは困ったように肩をすくめて苦く笑う。

「そんな目で見るな。言えるかよ、このシルヴィア姫様馬鹿に、んな馬鹿なこと」

 納得できる言い分だったので、文句も言えなくなってしまう。私はため息をついて、改めてカイルに向き直った。

「いいですか、カイル。リオールから西に向かったところにあるウディエールの森の様子が、どうもおかしいらしいんです。シルヴィア姫は、その森の調査を国王様から命じられました」
「へぇ……」
「その任務、君にも同行してほしいんです」
「……え?」
「簡単に言えば、道中の姫の護衛です。引き受けてくれますか?」
「え……えぇ!? 俺!? な、なんで! 俺より腕の立つひとなんていくらでもいるだろ!?」
「それが使えないから君に頼みに来たんです」

 そう言うと、カイルは驚きと焦りで崩れていた表情をすうっと引き締めた。

「……どういうことだ?」
「ご兄姉のイタズラのせいで、騎士団や魔術師ギルドの協力が望めないんです。それで、姫が昨日、私のところに依頼をしにいらしたんですよ」
「は!? ちょ、どういうことっスか、団長!」
「だーから言いたくなかったんだ……。あのな、俺は団長だ。国を守るのも仕事だが、団員たちのことだって守らなきゃならん。わかるな?」

 ぐっとカイルが言葉を詰まらせる。ハンスさんの言っていることはわかる、けれど納得できない。そんなことろだろう。
 それでも、上に立つ者の苦悩は上に立つ者にしかわからない。カイルは、言ってしまえば下っ端中の下っ端だ。ハンスさんがどれほど悩んでその横暴を受け入れたのかなど、想像もつかないだろう。かくいう私も、ひとの上に立ったことなどないのでわからないのだが。
 ハンスさんは姫に対して含みがない。個人的な感情から言えば、姫の頼みを聞き入れたかっただろう。だが、ハンスさんには他にも守らなければならないものがあった。……守るものが多いのは素敵なことかもしれませんが、こういう事態になってしまうと、少し考えてしまいますね……。

「……ッス」
「よし、いい子だ。で、だ。魔術師は確保できた。だが騎士団員の代わりになるような人物が、姫には心当たりがない。それでリデルは、お前を貸してくれって言いにきたんだ」

 ごくり、とカイルがのどを鳴らした。

「あちらさん方は、任務に同行した団員は王族命令に背いたってことで騎士団から除名させるつもりだ。が、お前はまだ見習いで、正式な団員かどうかっつーと、まあグレーゾーンってやつだな。あちらさん方としちゃ姫様を困らせられりゃいいんだから、実戦経験のない騎士見習いなら、文句は言ってもそこまで強いことは言わねぇだろ。俺たちとしても、そろそろお前に実戦経験積ませてやりたいと思ってたところだ。実際になんか起こるとは限らねえが、まあ、調査任務同行もいい経験になるだろうよ」
「カイルが見習いで助かりました」
「……いいんだけど、なんかすっげぇ複雑……」
「で、行くんですか? 行かないんですか?」
「行くに決まってんだろ、そんなの!」

 カイルの明瞭な返事に頷く。返事は予想できていたので、抜けるほどの力は肩に入ってもいなかった。

「助かります。……でも、いいんですか? あんなに会うのを渋っていたのに……」
「あー……まあそれはな。できればもっと強くなって、見習いなんかじゃなくてちゃんとした騎士団の一員になって、もっと言えばちょっとしたことでいいから功績上げてからがよかったけどさ。そっちのがかっこいいし。でも、シルヴィア姫様は、今困ってんだろ?」
「ええ、とても」
「だったらやるさ。シルヴィア姫様の助けになれるんだったら、なんだってやるぜ。じゃなきゃここまで来た意味がねぇからな」

 そうでしょうとも。
 カイルの返答は、カイルの騎士志望理由を聞いているなら、ハンスさんも予想していただろう。たとえ正式な騎士になる道が閉ざされようと、カイルの答えはたった一つ。そして絶対だ。
 シルヴィア姫を守りたいと言って、そのことばかり考えている男が、姫の護衛任務を断るわけがないのだ。



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